算命学/陰陽五行論を学んで良かった、と特に感じるのは「帝王学」の観点で、生き方・在り方、あるいは物事の捉え方・見方などを学べたことです。
ここでは、私が感銘を受けた「帝王学」の格言を紹介していきたいと思います。
1回目の今日は、私が特に意識したいと感じた格言のひとつです。
親がいるから「子供である」という経験ができる。
夫がいるから「妻である」という経験ができる。
子供がいるから「親である」という経験ができる。
企業に属していれば
上司がいるから「部下である」という経験ができる。
部下がいるから「上司である」という経験ができる。
となるでしょう。
一見すると、ごくごく当たり前のことですよね。ですが、よくよく考えてみると、親や夫や子供達が私に「豊かな経験」を与えてくれる有り難い奇跡のような存在なのだと感じるようになるのですから不思議です。
平穏な日常の中で、この言葉を思い出すことを繰り返す内に、私の中で、こんな風に感じるようになりました。
親がいるから「娘」という経験をさせて頂ける。
親はいちいち心配してきて面倒くさいな~、と思うこともあるけれど。
常に私のことを想ってくれる人がいる有り難さを知った。
夫がいるから「妻」という経験をさせて頂ける。
夫は決して、私が「愛して欲しい」ように愛してくれる人ではないけれど。
私は、私が「愛して欲しい」ように愛されなくても幸せになれることを知った。
子供がいるから「親」という経験をさせて頂ける。
私はずっと「愛されたい」と思っていたけれど。
子供ができて、初めて私に「愛する力」があると知った。
そして、「愛される」よりも「愛する」方が豊かで幸せだと思うようになった。
そう思えるようになったのに、時として、鬼のような面持ちで怒ってしまうこともある。
そんなとき、それでも「ママが大好きだよ。」と言ってくる子供達。
結局、愛されているのは私の方だということにも気付かせてくれた。
○○がいるから「○○」という経験をさせて頂ける
いつのまにか、「~という経験ができる」という表現が「~という経験をさせて頂ける」という方がしっくりくるようになってきました。こんな風に考えると、当たり前の存在の当たり前の日常が、本当に有り難く、全ての経験が愛おしく感じるようになるかもしれません。