セルフコーチング④少しでも「幸せ恐怖症」と感じたら・・・

私が「幸せ恐怖症」という言葉を知ったのは、あるクライアントさんからの

「わたし、幸せ恐怖症かもしれないです。」という発言からでした。

 

 

幸せな状態が不安でたまらなく、幸せだと心が落ち着かなくて、

逃げ出したくなったり、壊したくなるのだそう。

 

 

 

ん?それって、結婚が近づくにつれ不安になる「マリッジブルー」

も当てはまるような気がしてしまいます。

 

 

では、どういう状態が幸せ恐怖症なのか、

セルフチェックがあったので、こちらも記載しておきます。

 

 

 

①今までにこの世からいなくなりたいと思う程の辛い経験がある

(失恋・挫折・トラウマなど)

 

②幸せになるといつまで続くか不安になる

 

③自分以外誰も信じられない

 

④友達から恋人に発展できない(恋に踏み出す勇気がない)

 

⑤マイナス思考で自己肯定感が低い

 

⑥一人が気楽で、皆と一緒に楽しむことが苦手

 

⑦楽しい時間を過ごすと不安になる(そわそわしてしまう)

 

⑧幸せでもないのに、幸せそうなオーラを出したり、演技をしてしまう

 

⑨自分だけが幸せだと申し訳ない気持ちになる

 

⑩今の幸せが「夢なんじゃないか」と錯覚してしまうことがある

 

 

以上の中で1つでも当てはまる項目があれば、

幸せ恐怖症の疑いがあるのだそうです。

また、幸せ恐怖症予備軍とも考えられるのだそうです。

 

 

 

んんん???

 

 

 

1つでも当てはまったら、「幸せ恐怖症」の疑いや予備軍になってしまうの?

 

 

こんな風に具体的に認識したことはなかったけど、

幸せになると不安になるのは、私にも心当たりがあります。

 

 

 

②幸せになるといつまで続くか不安になる

って、誰でも少しは感じるものかと思ってました。

 

 

あとは、

⑧の幸せでもないのに、幸せそうなオーラを出したり、演技をしてしまう

も当てはまりそうです。

 

営業マンとしての仕事が長かったため、

なんとなく幸せそうに振る舞ってた時期があったような気がします。

幸せそうな方が説得力が増すと無意識に思ってたのかしら。

 

 

 

⑨自分だけが幸せだと申し訳ない気持ちになってしまう

なんかは、

身内や親しい友人などが厳しい状況にあると、

自分の幸せな状態が申し訳なくなって話せなくなったり・・・。

 

 

 

「幸せ恐怖症」は程度の差こそあれ、誰が感じてもおかしくない

一般的な心理状態なのかもしれません。

 

 

 

では、どのようにしたら、「幸せ恐怖症」を少しでも克服できるのでしょう。

一般的な方法としては、

・自己肯定感を高める、

・なんでもポジティブに前向きに考える

・感謝の気持ちを伝える

などがあるそうです。

 

 

 

ですが、ここでは、もう少し違う観点で考察したいと思います。

 

 

 

そもそも、「幸せになる」と考えると実は、難しいかもしれません。

 

 

 

「○○になる」という表現が、すでに未来を指しているからです。

現在はそうではないけれど、いつかは幸せになれる、

というようなニュアンスが無自覚に含まれてしまっています。

 

 

 

あるいは、「幸せになる」という表現には、

これまた無自覚に「条件」も付いてしまうものなのです。

 

 

 

「○○大学に合格したら、幸せになる」

「○○の仕事を手に入れたら、幸せになる」

「素敵な彼氏が出来たら、幸せになる」

「結婚したら、幸せになる」

「子供が出来たら、幸せになる」

「2人目が出来たら、幸せになる」

挙げ句の果てには「定年退職したら、自由になって幸せになる」等々・・・

 

 

 

 

「幸せ」がどんどん先送りになってしまいませんか?

 

 

 

 

これは、NLPを主軸にしたBeing sourceという学びで得た考え方です。

この学びでは言葉に含まれる些細なニュアンスを、とても大切にしています。

 

 

 

それでは、どうしたら良いのでしょう?

 

 

 

「幸せになる」ではなく「幸せである」

と考え方を変えてみるのです。

 

 

 

「幸せである」とは、どういう感じがしますか?

 

 

 

「今、この時」あるいは「今、この瞬間」「今、ここ」

に焦点が当たっているのが伝わりますでしょうか?

 

 

 

「幸せである」人は、幸せを先送りにしません。

 

 

 

「今、ここ」に幸せを見いだせるからなのです。

 

 

 

「幸せである」人は、幸せを条件付きにしません。

 

 

 

周囲の情報に惑わされず、自分の魂が喜ぶ選択をするからです。

 

 

 

「幸せになる」から「幸せである」に表現を変えてみてください。

 

 

 

「幸せになりたい」から「幸せでありたい」と考えてみてください。

 

 

 

周囲の見え方が少しづつ変わっていくかもしれません。

 

 

 

あなたが幸せでありますように。

 

 

次回は「幸せである」ためのヒントを紹介したいと思います。

 

 

長文読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

 

感謝を込めて。

今月の動向(2019年9月8日~10月7日)

今月(9/8~10/7)は癸酉月です。

 

水性で陰の十干「癸(きすい)」と

金性で陰の十二支「酉(とり)」が

組み合わさった干支です。

癸は 雨、露、小川、真水を表し、

酉は季節では仲秋を表します。

そのため、癸酉は「秋の山中のきれいな石の間から湧き出る水」

というイメージです。

とても清らかで美しいですね。

癸酉月のポイントは以下の通りです。

 

◆神社仏閣を訪れる

 

癸酉月は、信仰や家系に縁が深い月となります。

神社仏閣をめぐったり、先祖供養のためお墓参りをすることで、

運気の流れが良くなり、聡明さが発揮されることとなります。

 

現実世界での有形人脈を豊かにするためには、

精神世界における無形人脈(ご先祖様)を意識することが大切です。

9月は秋彼岸があります(9/20~26)。

秋分の日を中心とした前後7日間は、

昼と夜の陰陽の調和がとれる期間です。

この期間にお墓参りをするのはもちろんのこと、

神社仏閣を参拝して無形の波動を浴びながら、

ご先祖様や大いなる存在に想いを馳せ、

自分自身と向き合う機会にしてみてはいかがでしょうか。

 

 

◆筆をとり文章に親しむ

 

とても清らかな美しい水である

癸酉月は、文筆活動として発揮されやすい月です。

芸術の秋でもありますし、智徳本能(玉堂星世界)を体験する絶好の機会です。

ご自身の想いを詩にしてみたり、写経をしてみたり、

芸術・美学な領域は、理屈で凝り固まった頭を非論理へといざないます。

忙しい日常を少し離れ、気持ちに言葉を与えてみるのもひとつです。

メールも悪くないですが、ひと手間かけて手紙にするのもいいかもしれません。

 

 

◆品性を磨く

 

思考力も知識の吸収力も高まる月ですが、

ふとすると自分のためにその力を行使してしまうことがあります。

品性なき知性は、ずる賢さや攻撃性につながります。

自分と異なる価値観を受け入れるのは容易ではありませんが、

多様性を重視した考え方が主流になっている昨今、

品性を厳格さに偏らせず、無駄余暇遊びを取り入れられる余裕をもちましょう。

品格ある土台の上にあるものは、自然と美しさがにじみ出るものです。

言葉に、所作に、存在そのものに、磨いた品性を生かしてまいりましょう。

 

 

以上、癸酉月のみで見たポイントです。

 

ご自身の天中殺や個人の運気など、

個人の宿命によってテーマは変わってきますが、

これらを心に置いてよりよく生きていただければ幸いです。

 

長文、読んでくださり、ありがとうございます。

 

感謝を込めて。

今月の動向(2019年8月8日~9月7日)

今月(8/8~9/7)は壬申月です。

水性で陽の十干「壬(じんすい)」と

金性で陽の十二支「申(さる)」が組み合わさった干支です。

壬は大河や海を表し、申は季節では初秋を表します。

そのため、壬申は初秋の海を表します。

壬申月のポイントは以下の通りです。

 

 

◆行動すれども忍耐強く

 

壬申月は、活発に行動できる月です。

行動は循環を生み、エネルギーがスムーズに流れていきます。

ただし、必ずしも即座に結果がでるとは限りません。

目先の利益に捕らわれず、コツコツ積み上げることが吉となります。

不安や恐れからの行動は、良い結果に繋がりません。

成果だけでなく、評価を求めるとエゴが生まれ、

壬申の綺麗さを濁してしまうかもしれないのです。

濁りは時として舌禍(ぜっか(舌・言葉による災い、))

として現れ、自他ともに傷つきますので、

信じて待つこともうまくいくポイントです。

邪気払いとして、旬の桃を食すのもおすすめです。

 

 

◆夏を楽しむ

 

暦の上では初秋ですが、世間はまだまだ夏休みです。

海水浴やバーベキューなど、

この時期を思いっきり満喫してはいかがでしょうか。

また、お盆の帰省や仲間とのキャンプなど、夏ならではのイベントは

日頃から感じていること、考えていることを周囲の方に伝える、

とても良い機会となるはずです。

想いを分かち合うということは、伝達本能の火性が動き、

温かみが増してきます。よって、人も集まってくることでしょう。

壬の純粋性と知性を最大限に発揮するには、

より多くの人が周りにいることで影響力がでるのです。

 

 

新しいことや興味や関心があるものを始めてみるのもオススメです。

行動力が知識を増やし、新しい価値の創造につながります。

 

 

以上、壬申月のみで見たポイントです。

 

より良く生きる指針として参考にして頂けたら嬉しく思います。

読んで下さり、ありがとうございます。

 

感謝を込めて。

帝王学の格言⑧「北海の太陽」を別名にもつ星とは

算命学の宿命の中に、「北海の太陽」という別名をもつ星があります。

 

 

「北海の太陽」

 

 

想像してみて下さい。

 

 

極寒の北の国の海を。

 

 

寒さが身にしみる北の地の、そこは海岸。

 

 

凍てつくような風が吹いているかもしれません。

 

 

雪なのか、ひょうかあられか分からないような冷たい氷が

肌に当たるかもしれません。

 

 

海は穏やかでしょうか?

 

 

なんとなく、荒々しい白波が高く迫ってくるイメージをしてしまいます。

 

 

そんな極寒の北の海で、

 

 

ふと、頬に一筋の暖かな太陽の日差しが優しく照りつける。

 

 

ちょうど、雲の合間から顔を出した太陽の光。一瞬の出来事かもしれません。

 

 

どんな感覚がするでしょう。どんな気持ちになるでしょうか?

 

 

太陽の温かさに涙がでるかもしれません。

 

 

太陽の日差しの温かさがこれほどまでに身にしみる状況はないでしょう。

 

 

 

 

 

そうです。

 

 

「北海の太陽」とは、そんな厳しい状況に追い込まれている人の

太陽のような存在なのです。

 

 

 

それでは、その「北海の太陽」を別名にもつ星とは何でしょう?

 

 

それは「調舒星(ちょうじょせい)」という星です。

 

 

火性である伝達本能、陰の星。

 

 

伝達本能を司るわけですから、

当然、人に想いを伝えることを使命としています。

 

 

ですが、この調舒星、人に想いを伝えるのに口(言葉)を使わないのです。

 

 

この星は、とても繊細でデリケートな面を持ち合わせていて、

口が達者ではありません。

 

 

想いは溢れるほどにあるのに、言葉が出ないのです。なんとややこしい!!

 

 

じゃあどうするか???

 

 

そうなんです!

人によっては、音楽や美術といった芸術の世界で、

想いを分かち合おうとします。

 

 

これは、調舒星が最も分かりやすく開花した人の場合です。

 

 

でも、多くの人は、それがなかなかできない。

 

 

通常の人よりも溢れる想いがあるのに、伝えられない・・・。

 

 

それに、もがき、苦しみ、傷つき、孤独になる。

 

 

そして、傷ついた分だけ、調舒星の器が広がる。

 

 

調舒星の器が広がると、言葉を必要としなくなる。

 

 

ただ、そこに存在するだけで、傷ついた人に寄り添える温かい人になる。

 

 

「北海の太陽」は実は、たくさんたくさん傷ついた人が、

行き着く究極の「優しさ」なのだと思うのです。

 

 

 

調舒星をもったあるクライアントさんがこんなことをおっしゃいました。

 

 

 

「あとどれくらい、傷ついたら北海の太陽になれますか?」

 

 

 

その当時、未熟な私は、本当にどうしようもない返事をしてしまった。

 

 

 

「それは質と量のかけ算だから、なんとも言えないです、、、」

 

 

 

なんてアホなんでしょう。

 

 

とっさに当たり障りのない無難な回答をしてしまった。

 

 

 

タイムマシーンがあるのなら、戻って、自分自身をぶん殴ってやりたい。

 

 

目の前にいらっしゃるクライアントさんが

 

 

 

「あとどれくらい、傷ついたら北海の太陽になれますか?」

 

 

 

とおっしゃっている。

 

 

そうおっしゃる生き様や背景を瞬時に掴みきれなかった。

 

 

その当時の私の耳元で、こう言いたい。

目の前にいる人をもっと全心身で感じなさい、と。

 

 

この方は、とても凜とした透明感のある強さをもった人。

 

 

とても「もう傷つくのはごめんだ。早く北海の太陽になりたい。」と

嘆くような人ではありません。

 

 

 

「あとどれくらい、傷ついたら北海の太陽になれますか?」

 

 

 

この方は

 

 

傷ついた誰かの北海の太陽になれるのであれば、

私はいくら傷ついても構わない。

だから、教えて下さい。あと、どれくらい傷つけば良いのかを。

 

 

 

とおっしゃていたのです。

 

 

 

タイムマシンでこの頃に戻って、私自身をぶん殴った後、

私はこの方を心の中で抱きしめて、こう伝えたい。

 

 

 

「(そのような質問がでてくること、それ自体で)

あなたは充分、「北海の太陽」ですよ。」と。

 

 

 

あの頃の私の器では、この言葉を出せませんでした。

 

 

この仕事をしていて、本当に自己研鑽と謙虚さが大事だと痛感する体験でした。

 

 

できることならば、

このブログをあなたが読んでいてくれることを切に願います。

 

 

 

そして、ここまで読んで下さった全ての方へ。

 

 

 

調舒星をもっていてももっていなくても、

 

 

 

あなたが傷ついた体験・経験は決して無駄にはなりません。

いつか、だれかの傷ついた心に寄り添う糧や力になるときが必ずくるから。

 

 

 

「北海の太陽」は誰でもなれるのです。

 

 

 

誰かの北海の太陽になるために。

 

 

 

あなただけにしか救えない誰かのために。

 

 

 

傷つくことを恐れなくてもいいのです。

 

 

 

何か自分にとって苦しく辛い場所にいなければいけないとき、

 

 

選択できる行動は3つしかありません。

 

 

 

・自分にとって居心地の良い場所になるよう努力する。

・その場所から離れる。

・その現実を受け入れる。

 

 

 

少しでもその場所が居心地のいい所に変わるようにと努力しても難しく、

その苦しみや辛さから抜け出そうと、どうあがいても、

出口が見つからないとき、そんなときは、この体験・経験をする必要が

あるのだ、と受け入れるしかないのです。

 

 

 

そうして、その現実を受け入れ、その苦しみ辛さを味わい切ったとき、

「北海の太陽」としての人間力が増していくのです。

 

 

 

だけどね、時には傷つくことから逃げたっていいんですよ。

(特に修行好きの人は逃げることを選択のひとつに入れて下さいね)

 

 

 

逃げて良いときのサインはすぐに分かります。

「こっちだよ」という光が見えてきますから。

 

 

 

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

 

感謝を込めて。

帝王学の格言⑦「いかにあるか」について考える

「いかにあるか」

 

 

前回、前々回と同じテーマで違う角度から考察してみました。

一番はじめは、コーチとしての観点で

次に、私個人の意見として、徒然なるままに書いてみました。

 

 

 

 

今回は3回目ですが、「帝王学の格言」として考えてみます。

 

 

 

今まで書いてきたことと逆説的に感じるかもしれません。

正解を求めるのではなく、問いを持ち続けて観点を変える。

まるで、禅問答のようですが、なんかしらの力になるかもしれません。

どうぞ、お付き合い下さいませ。

 

 

 

 

「いかにあるか」を帝王として問うたとき、

 

 

 

「いかにあるべきか」にニュアンスが近いように感じます。

 

 

 

と以前も書きました。

 

 

 

その「いかにあるべきか」はどのような在り方なのか。

 

 

 

人の上に立つ立場にある方で、

内面からの人間力をもったカリスマ性のある人達に共通すること。

その共通することが、帝王としての「いかにあるべきか」なのだと思います。

 

 

 

話は少しそれるように感じるかもしれませんが、

以前も書いたように、算命学/陰陽五行論では

「ありのまま」という言葉をあまり使わないのです。

それは、帝王学の要素が多分に含まれた学問であるからです。

 

 

 

 

帝王は「ありのまま」を自分に向けて、使わないのです。

 

 

 

帝王が「ありのまま」を使うときには、外側に向いているのです。

 

 

 

目の前にいる人、周りの人達、自分が置かれた状況や環境、市場や世界、

生まれた時代、国や地域の事情などなど、、、、、

 

 

 

あげればきりがありませんが、

そういったことを「あるがまま」に受け入れるのが帝王なのです。

 

 

 

「不都合が常と思えば不都合なし」とは、徳川家康の言葉ですが、

 

 

 

世の中の不条理、不安定さ、理不尽な数々は、

当たり前であるとおっしゃっているのだと思います。

 

 

 

「思いどおり」にいくことなんて、本当に数少なく奇跡のような幸運なのです。

 

 

 

思いどおりにいかないことの方ががほとんどなのに、

それを無理して「思いどおり」にしようとするから苦しくなるのです。

 

 

 

周囲を変えようとする努力は無駄、しない方がいい、

ということを言っているわけではありません。

 

 

 

自分の置かれている環境に対して、まずは、あらがうことなく、

逆らうことなく、そのまま「受け入れる」。

とにかく、ありのままを「受け入れる」ということなのです。

それが、どんなものであっても。

 

 

 

その状況や環境の全ては、「今」の自分にとって

「ちょうど良い」のです。

 

 

 

親も、子供も、夫も、妻も、会社も、同僚も、上司も、部下も、

友達も、仲間も、ご近所さんも!!

 

 

 

もう一度言います。

ご縁の全てが「今」のあなたにとって

「ちょうど良い」ものばかりなのです。

 

 

 

今、目の前のご縁は、過去の自分が紡いできた結果でしかありません。

 

 

 

だから、全てのご縁(結果)を受け入れなさい、

と言っているのが帝王学なのです。

 

 

目の前のご縁を否定するということは、過去の自分を否定することになるから。

 

 

 

 

これは、とても厳しい視点のように感じるかもしれません。

私もこの厳しさに打ちのめされたように感じたものでした。

 

 

 

ですが、一番楽な視点でもあるのです。

誰にとっても「真実」に近いんじゃないかと思うのです。

 

 

 

 

「私たちはみな平等です。そして宇宙とは、私たちのお互い同士の関係です。

宇宙はただ一種類の実体からできていて、その一つひとつが生命を持ち、

一つひとつが自分の存在の仕方を自分で決めています」

タデウス・ゴラス著「なまけ者のさとり方」より

 

 

 

私が大好きな言葉です。

 

 

 

帝王はこういったことを明白に理解していて、

周囲の人達や状況をコントロールしようとせず、

曇りのない真っさらな目で真っ直ぐ事実だけを

見ることができる人なんだと思います。

 

 

 

みなさんも経験があると思います。

ひとつの現実に対して、見ていることやその現実に対する解釈が

人によって全く違うことを。

まるで、現実がいくつも存在しているかのように。

同じ現実に直面していたとしても、10人いたら10人の現実があるのです。

 

 

 

見ている立場や視点が変われば当然ではありますが、

実は、自分が現実だと思っていることを疑う視点もあった方がいい。

 

 

どれだけ多くの人が自分にとって都合の良いように

(あるいは都合の悪いように)物事を見たり聞いたり、

見なかったり聞かなかったりしていることか!!!!!(もちろん私も含めて!)

 

 

 

帝王とは、物事を真っさらに「ありのまま」に「そのまま」に

見ることができて、あらがうことなく、逆らうことなく、

そのままを「受け入れる」人なのです。

 

 

 

現実を真正面から受け入れて、

初めて、本当に「今、するべきこと」がわかるのです。

 

 

 

マネジメント経験のある方にとっては、

理屈ではなく身体で分かっていることかもしれません。

ですが、それがどれだけ難しいことかも、よ~く分かることと思います。

 

 

 

では、どのようにしたら、周囲の全てを「あるがまま」に

受け入れられるようになるのでしょうか。

 

 

 

瞑想する???

 

 

 

それも、有効と思います。

瞑想することで、頭の中がクリアになり心にスペースができるから。

 

 

 

ですが、やっぱり、自分の内側の声をどれだけ「あるがまま」に

受け入れてきたか、なのだと思うのです。

またまた、元に戻ってしまった感がありますね(笑)

それでも、どう考えても、やっぱり、

自分の内側の声に寛容になれるかどうかなのだと思うのです。

 

 

 

 

自分に対して「寛容」であればあるほど、

周囲に対しても「寛容」でいられるのです。

 

 

 

 

自分の内側に住んでいる、あらゆる自分に対して、

自分だけが「Yes」を言ってあげられるのです。

怠け者の自分も、鬼教師の自分も、弱くてダメな自分も、

攻撃的な自分も、恥ずかしい自分も、、、、、

「そのままでいいんだよ。」ってね。

 

 

 

そしたら、きっと少し楽になる。

 

 

 

そして、怠け者の部下や鬼教師のような上司に対しても、

「あ~、こういうのもあるよね。」という感じにサラッと受け入れられる。

 

 

 

 

いつもの自分じゃない自分、普通じゃない自分が現れたとき、

その度に繰り返し繰り返し、そういう自分が存在していることを認めていく。

 

 

 

その量が、ある一定の飽和量を超えたとき、

 

 

 

どんな状況に置かれても、物事全てをあるがままに受け入れる

帝王の自分が現れるのだと思います。

 

 

 

 

共にこの算命学/陰陽五行論を学んでいる経営者が

こんなことをおっしゃっていました。

 

 

 

 

「ここで学び初めてから、私が会議で発言することがほとんどなくなりました。

なんかしらのミス・トラブルがあったとしても、私が動くこともない。

経営者の立場というのは「ただ在るのみ」なんだと、つくづく感じています。」

と。

 

 

 

 

この方は、とある業界では有名な社長さんです。

とても安定した穏やかさを持った方です。

 

 

 

こんな暖かなまなざしで、暖かく見守ってくれる人がいる。

安心感に包まれた本領発揮できる職場になるんじゃないかな、と感じました。

 

 

 

あなたにとってなんかしらの力や栄養になりますように。

長文、読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

感謝を込めて。

今月の動向(2019年7月7日~8月7日)

今月(7/7~8/7)は辛未月です。

金性で陰の十干「辛(しんきん)」と

土性で陰の十二支「未(ひつじど)」が組み合わさった干支です。

辛は宝石を表し、未は乾いた土、季節は夏を表します。

そのため、辛未は「からからに乾いた熱い土に埋まった宝石」

というイメージです。

辛未月のポイントは以下の通りです。

 

 

◆水のエネルギーを最大活用する

 

辛未月は、綺麗な真水を取り入れることで輝きが増していきます。

水をたくさん飲む、水に触れる、水を浴びる等をすることで、

自身の価値を表現しやすくなり、周囲からの評価も高まっていきます。

玉堂星的(古典や伝統的)な学びをすることでも同じ効果が得られます。

 

身体の内側や外側、心についたよからぬものを、

癸(きすい)の真水で洗い流すことによって、

誰もが持っている宝石が輝きを放っていく。

そんな様子を想像していただくとわかりやすいかもしれません。

とはいえ、水を求めすぎて水難事故などには遭わないようご注意ください。

 

 

◆アートな体験を

 

今月は、現実の激しい競争社会での生活からは一歩退き、

芸術や学術に触れ、精神的な素養を高めるのに最適な月です。

自然には季節や流れがあるように、自然から生まれた我々もまた、

そのリズムに合わせることで生きやすくなります。

陰陽五行論では、自然=神として生きる法則を見出しました。

使わない手はありません。

 

世間は夏休みに入ります。

非日常のアーティスティックな体験などいかがでしょうか。

学術面におきましても、真面目に堅く臨むよりは、

遊び心を入れて楽しく学んだ方が、学習効果も高まること間違いなしです。

 

 

◆一人の時間の使い方

 

単独で行動することが多くなるかもしれません。

誰に相談するでもなく、自分の意思と力量で

乗り切ろうとする傾向にあります。

そうすると、集団の中にいても自然と一人になりがちです。

一人は決して悪いことではなく、内省したり、

日頃の疲れを癒したり、誰にも邪魔されずに好きなことをしたり、

それはとても素敵な時間です。

しかし、一方で孤独を感じたり、置いてけぼりになりやすかったりしますので、

周囲への意識は切らさずに、一人の時間を楽しんでくださいませ。

 

 

今月は夏の土用ですね!

丑の日は、7月27日(土)です。

スタミナのつくものを食べて、次の季節に備えましょう♪

 

以上、辛未月のみで見たポイントです。

 

ご自身の天中殺や個人の運気など、

個人の宿命によってテーマは変わってきますが、

これらを心に置いてよりよい在り方を探究していただければ幸いです。

 

 

読んで下さり、ありがとうございました。

 

感謝を込めて

徒然なるままに①「いかにあるか」について考える

「徒然なるままに」

 

 

このコーナーでは、算命学/陰陽五行論、帝王学、パーソナルコーチ、

そういった観点全ての枠を取っ払って、私個人が思うこと、考えること、感じることを徒然なるままに、したためていきたいと思います。

 

 

第1回目の今日は「いかにあるか」について考えてみました。

一つ前の回、同じテーマで「パーソナルコーチの観点で」書いてみましたが、

今回は、自由に徒然なるままに、書き綴ってみます。

 

 

 

徒然なるままに①「いかにあるか」について考える

 

 

 

帝王学の観点で「いかにあるか」を問うたとき、

 

「いかにあるべきか」に近いニュアンスになると考えました。

 

帝王である(人の上に立つ立場にある)以上、

 

自分の発する言葉、行動、考え方、立ち居振る舞い、姿勢、といった全てに

 

人を変えてしまうような「影響力」をもってしまうから。

 

たとえ、自分が望んでいなくても。

 

 

 

 

しかし、そこにパーソナルコーチの観点が加わると少し変わりました。

 

本当の「いかにあるべきか」を考えたとき、

 

自分の心の声にもしっかり耳を傾け、大切にし、

 

実は「いかにありたいか」にも同時に答えること、

 

なのだと考えたからです。

 

 

 

ここまでは、前回、書いたものです。

 

 

 

 

こんなこと、あまりにも当たり前すぎて、

誰でも言えることじゃないか、

そんなこと、分かってるよ!

などと、批判の声が聞こえそうですね(笑)

 

 

 

 

ですが、このことを本当の意味で、深く心に刻むことになった

あるクライアントとの出会いがあったので、

今回は、そのいきさつについて守秘義務の範囲で触れたいと思います。

その方のおかげで、私はコーチングに対する考えがガラリと変わったのです。

 

 

 

ずいぶん前になりますが、

ある大手企業のマネジメント層に対するリーダーシップコーチングで

10ヶ月間コーチとして関わる仕事がありました。

 

 

 

私が担当する彼は部下を30名ほど抱えるマネージャーでした。

 

 

彼はそもそも、10ヶ月間もの長い間、リーダーシップを育成するというテーマで時間を割くことに批判的でしたし、私達コーチ陣に対しても懐疑的でした。

 

 

上司に言われたからコーチをつけるという場合、良くあることでしたから、私もあまり気にしませんでした。

 

 

当然、コーチングのスタートは予想どうり、悲惨なものでした。

 

 

なんのためにこの時間があるのか?

お前(私)はいったいどこの誰なんだ?

こんなことを10ヶ月やる意味が分からない。

 

 

といった感じです。

 

 

それでも、回数を重ねていく内に、関係性も構築できて心開いていくだろうと思ってました。

 

 

しかし、2回、3回と回数を重ねても、一向によくなる気配はありませんでした。

 

 

とにかく毎回のように、上司や部下に対する不平・不満・愚痴のオンパレード!!

 

コーチとして、とても良いセッションとは思えず、なんだか、毎回疲弊してしまいました。

 

 

 

半年ほど経過し、上司の方含め、このリーダーシップコーチングを受けているメンバーで集まる機会がありました。

 

 

 

日頃、私にぶつけている不平不満を、思いっきり上司にぶつけたらいいのに!

なんて思っていましたが、そんなことは全く起こりませんでした。

 

 

彼はそういった場では紳士的にスマートに振る舞うのです!!!!!!

 

 

なんだか、私の方がイライラしてくる・・・。

 

 

そんなとき、彼の上司が

「○○(彼の名前)は素晴らしいマネジメントをしている。○○に任せておけば、最後は必ずなんとかしてくれるから、安心して任せられる。」

と言ったのです!!

 

 

さらに、コーチングを受けだしてから、そのパフォーマンスはますます上がっているというのです。

 

 

ウソでしょう・・・?

 

 

その上司の反応に対して、ニコリともせずに淡々と過ごす彼。

私の頭の中は「???」が飛ぶ一方・・・。

 

 

その後のコーチングで上司からの高い評価について触れると、

 

「当然ですよ。○○さん(上司)が喜ぶように振る舞ってますから。」と。

 

彼は部下についても、こんなことを漏らしていました。

 

「人間に見えない。「業務」にしか見えない。」と。

 

 

そして、最後の最後まで不平不満愚痴でコーチングは終了したのでした。

 

 

 

最後の打ち上げのとき、やはり、彼の上司は

「○○は、本当によくやってくれている。何があっても、必ず何とかしてくれる。

コーチングのおかげで、さらに頼もしくなった。」

との高評価。私に対してまでも高評価でした。

 

 

 

コーチングの途中段階で、彼が置かれている現実を冷静にみたとき、

彼の役割は現場がミス・トラブルで炎上したときの消火要員でした。

彼は上司にとっても、部下にとっても、会社にとっても最後の砦なのです。

 

 

どんなに難しいミス・トラブルであっても、

人間関係が複雑に絡み合っていたとしても、

そもそも、スパゲッティシステムになっていたとしても、

彼のところで、なんとかしなければいけない。

 

 

 

なんとかしなければいけない、から、

 

 

なんとかなるまでやるしかない。

 

 

「なんとかなるまでやる」

 

 

以外の選択肢がないのです。

 

 

この責任の重圧ときたら、想像を絶するものだと思うのです。

 

 

「部下が人間に見えない。業務にしか見えない。」ほど、日々忙殺されていたのです。

 

 

そう思うようになってから、

良いコーチングをしようとか、本質的な変化を起こすとか、

そんなことは、どうでも良くなりました。

 

 

そして、コーチが思う良いコーチングセッションなんて、

コーチのエゴでしかない、と思ったのです。

 

 

もし、彼が、私にだけは不平不満愚痴といった本音を言えるのであれば、

私は「掃き溜め」であっても構わないと腹が据わりました。

 

 

 

そして、最後の最後まで、彼の心のお掃除をする「掃き溜め」であることができたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が20代の頃、よく、「新橋のおじさん」というような

居酒屋で会社や上司の愚痴をこぼす人達のことを比喩する表現がありました。

 

 

 

今は、どうなんでしょう?

 

 

 

「新橋のおじさん」という表現すらほとんど聞かなくなりましたが、

おそらく、そういった「はけ口」が少なくなっているように思います。

 

 

私達が20代の時に、「かっこ悪い」と思っていた「新橋のおじさん」。

もう、私達はその年代になっています。

でも、「新橋のおじさん」にならないように、私達世代は頑張っているんじゃないかと思うのです。

 

 

 

かっこいい自分でありたい、せめてかっこ悪いことをしたくない、

いつも冷静でスマートに仕事したい、

不平・不満・愚痴なんてもってのほか!!

自己実現したい、いや自己実現している自分でありたい、

大きな夢を持ちたい、大きな夢を持っている自分でありたい、

特別な自分でありたい、、、、、等々

 

 

 

「No1にならなくてもいい、もともと特別なOnly1」

 

 

 

と、かなり以前にSMAPが歌ってましたが、

それは「そのままの貴方で充分素敵だよ」というメッセージのはずが、

「特別なOnly1」にならなければいけないという「症候群」に駆られてしまっている気もします。

 

 

 

特別なOnly1を目指すということは、No1を目指すより、ずっとずっとハードルが高く、終わりがない永遠に続く「特別な自分探し」のループにはまってしまうのではないかと思うのです。だって、「普通」に生きちゃったらいけないような気がするから。

 

 

 

「嫌なことを嫌だ」と思ったって良い、

不平不満・愚痴だって吐いちゃえば良い、

妬みや嫉妬、恨み言だってあるよ、人間だもん。

 

 

 

特に今時の30代40代の働くママ達。

仕事もバリバリ、子育ても完璧に、女性としても綺麗でいたい!

って、本当にすご~く頑張ってると思う。

 

 

 

でも、誰かに自分の弱い部分や、情けないところを見せられているかな?

できれば夫がいいのだけど。

 

 

もし、誰にも見せられていないなら、

 

 

そういうダメな自分も「大好き!」って自分自身でハグしよう!!

 

 

もっともっと自分自身に寛容になっても大丈夫!!

 

 

とにかく、いつだって、みんな一生懸命生きている!!!!!

 

 

 

長文にお付き合い下さり、ありがとうございました。

 

 

感謝を込めて。

パーソナルコーチの観点で①「いかにあるか」について考える

「パーソナルコーチの観点」で

 

 

このコーナーでは、帝王学、算命学、陰陽五行論、といった枠を超えて、

私個人がパーソナルコーチとして仕事をする上で、

率直に感じることをしたためたいと思います。

 

 

第1回目は「いかにあるか」について考えてみました。

 

 

 

 

 

 

 

算命学/陰陽五行論を学んでいると、よく目や耳にするのが

 

「いかにあるか」

 

という言葉。

 

 

 

一時期、「ありのまま」や「そのままの貴方で」といった

「素」を尊重した言葉をよく耳にしました。

 

 

が、算命学/陰陽五行論では「ありのまま」という言葉をあまり使いません。

あえて似たような意味で使うとしたら、「自然体」という言葉です。

 

 

いまだに残る「ありのまま」ブームであっても、です。

 

 

算命学/陰陽五行論は古代中国や日本で、国のリーダーや権力者の学問として知られており、「帝王学」としての要素が含まれています。

 

 

その観点で、

 

「いかにあるか」

 

を問うたとき、

 

 

「いかにあるべきか」

 

 

にニュアンスが近いと思うのです。

 

 

「いかにありたいか」

 

 

ではなく、

 

 

「いかにあるべきか」

 

 

です。

 

 

「ありのまま」ブームから考えると、古くさく感じますね。

 

 

しかし、帝王として人の上に立つ以上、

 

自ずと、周囲の期待や希望、羨望の目にさらされます。

 

その期待に答えるような「在り方」をする「べき」なのだと思うのです。

 

自分の発する言葉、行動、考え方、立ち居振る舞い、姿勢、といった全てに

 

人を変えてしまうような「影響力」をもってしまうから。

 

 

だから、「いかにある「べき」か」なのだと思うのです。

 

 

 

 

 

あるクライアント様とのセッションで、こんなことがありました。

彼女は、とある企業で大変優秀で将来有望視されたビジネスウーマンでした。

常に自分に厳しく、自らを律し、周囲の期待に答え、上司・メンバーからの人望も厚かった。

そう、彼女は常に「いかにあるべきか」を意識して生きている人でした。

そんな、優秀な彼女ですが、自分より先に男性の後輩が昇進したという事実に直面したときのことです。

 

 

私「そのとき、どんな気持ちがしましたか?」

 

Aさん「いや~、もうムカついて、腹が立って、どうしようもなかったです。こんなことで、振り回されるなんて。」

 

私「何にムカついたんでしょうか?」

 

Aさん「なんで、あいつが?って。これって、嫉妬ですかね?ダメですね、こんなんじゃ。」

 

私「いや、嫉妬は誰にでもある感情ですから。で、他にはどんなことを思いました?」

 

Aさん「結局、男性の方が先に昇進するのかよ、って。男女平等なんてお題目だけだ、って。あ~、なんて嫌な私。」

 

私「感情に良いも悪いもないですから、他にも何か思ったことがありましたか?」

 

Aさん「彼は上司と仕事に恵まれたんですよね。でも、私は本当に運が悪かった。今の上司ときたら、全くメンバーのことをみていないですから。社長の顔色ばかり伺って・・・。あ~、こんなこと考えるなんて、本当に私ってダメ人間ですね。だから、女性に管理職は難しいとか言われるんですよね。なんとか、気合い入れてがんばります。そもそも、こんな小さなことをコーチングの話題にするべきじゃなかった。」

 

私「Aさん、自分で自分を苦しめてませんか?なんだか、Aさんの中に「内なる裁判官」がいて、沸いてくる想いや考えを監視して、ジャッジしてるような気がします。」

 

Aさん「そうしないと、悪い方悪い方に考えてしまうんですよ。」

 

私「感情くらい自由にさせてあげてください。」

 

Aさん「えっ!?それ、っどういう意味ですか?感情って自由にしていいんですか?」

 

 

 

ここから、彼女の内側から湧き出てくる怒りや悲しみ、嫉妬、妬み、苦しみ、

そういった感情全てに寄り添いました。

彼女もそれら全ての感情を真正面から真摯に味わい尽くしたのです。

 

 

そう、それはそれは苦しかったです。

 

常に、自分自身で「ダメ」とジャッジしていた嫌な感情と向き合うのですから。

 

ですが、そうすることで、その奥にある願いや希望が少しづつ、じんわりと顔をだしてきました。

 

 

その声はとても小さくて弱々しいので、ともすると、嫉妬や妬みの声に押しつぶされてしまうのです。

 

 

だからといって、嫉妬や妬みの声に蓋をしてしまうと、この小さき光の声すら聞こえてこない。

 

 

その小さな希望の声を自分自身で、大切に大切に丁寧に扱ってあげることが大切なのです。

 

 

感情に良い悪いはありません。

感情は情報でしかありません。

感情は、自分が「大切にするべき事」を教えてくれるアンテナなのです。

 

 

 

「いかにあるべきか」で生きている人は、

特に自分の気持ちや感情を聞き取ることが苦手なように感じます。

 

常に、自分に厳しく、自分を律し、正しく生きようとしているから。

 

 

常に、周りの期待に応えるように生きているから。

 

 

常に、周りに気を配り、心を配って生きているから。

 

 

帝王学の観点でいうと、

帝王の仕事は「気配り業、心配り業」である、と常々言われておりますが、

 

 

どうか、自分の気持ちや感情にも気を配って、心を配って、

耳を傾けてあげてくださいね。

 

 

そもそも「いかにあるべきか」で生きている人が

 

 

自分の気持ちや感情も大切に扱っていくと、

 

 

弱い立場の人にも寄り添える深みのある人間力が身につくように感じます。

 

 

そして、これは私の感覚ではありますが、

自分の感情を大事に生きていくと、「直感力」が鋭くなるように感じるのです。

 

 

仕事ではつきものの(量か質か、価格かこだわりか、納期か完成度かといった)

二律背反する状況におかれたとしても、どちらも譲らないような、第3の道が開けてくる。

人智の及ばない、何か目には見えない力で導かれるようになるものです。

 

 

それは、感情を大事にしたおかげで、するどくなった感性で、

必要な「直感」が必要なときに降りてくるのではないかと思うのです。

 

 

 

感情を大事にする

 

 

というのは、自分を大事にする、ということであり、

 

 

実は、それは同時に

周りの人も大事にする、社会を大事にするということに繋がるんですね。

 

 

 

本当の「いかにあるべきか」は、

 

 

自分の心の声にもしっかり耳を傾け、大切にし、

実は「いかにありたいか」にも同時に答えること、

なのだと思うのです。

 

 

 

周囲の期待に応えつつ、自分の内なる声に正直に生きる。

 

 

 

そんな「自然体」のリーダーがますます活躍する時代は、

もうまさに「今」きているように感じます。

 

 

 

長文、読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

感謝を込めて

今月の動向(2019年6月6日~7月6日)

今月(6/6~7/6)は庚午月です。

金性で陽の十干「庚(こうきん)」と

火性で陽の十二支「午(うまび)」が組み合わさった干支です。

庚は鉄、岩石、斧を表し、午は太陽、巨火、季節では真夏を表します。

そのため、庚午は「真夏の鉄、溶鉱炉の金」というイメージです。

庚午月のポイントは以下の通りです。

 

 

◆自分と向き合う

 

庚(金)は鍛えられることによって本来の役割を果たしていきます。

金属は熱せられ叩かれて刃になり、人の役に立つことができるのです。

庚午月は、精神的な試練が強く与えられる可能性があります。

自分の生き方・人生の目的を探究していくことで運が伸びていきます。

私の使命は何か?

私の生きる喜びは何か?

自分と向き合うことは、時として痛みをともなうものです。

 

今月、苦労は多くなるかもしれませんが、

知的な方面に活躍をすると、地位を得るとも言われています。

主体的な行動が道を開いていきますが、

つい攻撃性や気の強さも出やすくなります。

一つひとつ丁寧に心配りをしながら前進するとよいでしょう。

 

 

◆明るく楽しく美しく

 

帝王学の格言には「苦しい時こそ笑いなさい。微笑みなさい。」とあります。

孤独やツラさがあっても表面に出さず、それどころかむしろ笑顔でいるのです。

そうすることで、結果、周りの人も楽しませ、明るくし、

肯定的なエネルギーを振りまけば、

豊かな人間性を形成していくことになるでしょう。

 

今月は陽の火性が組み合わさった月なので、

特に笑いや楽しさを与えることを意識するとよいでしょう。

ユーモアはyou more、あなたをもっともっと輝かせるはずです。

庚午には美しさも内在しています。

夏の陽気にまかせてはしゃぐのではなく、

知性や気品といった内面からの美しさも磨いていきましょう。

 

 

◆異性に注意

 

夏は開放的な気持ちになりますが、

今月は異性を見る目がちょっと曇ってしまうかもしれません。

恋愛は勢いも大切ですが、冷静さも大切です。

季節がら、開放的になりすぎてしまう、という方は、

第三者の意見を聞くことをオススメします。

恋愛に限らず、庚午は他者の力を借りることで運が伸びることも。

信頼できる人に意見を求めてみるのもひとつです。

 

以上、庚午月のみで見たポイントです。

 

 

ご自身の天中殺や個人の運気など、

個人の宿命によってテーマは変わってきますが、

これらを心に置いてよりよく生きて頂ければ幸いです。

 

 

読んで頂き、ありがとうございます。

 

感謝を込めて

運気アップ術③無形人脈を大切にすること

「人は有形のものに対する心と、無形のものに対する心

の二つをバランスよく持つことによって人生が安定する」

 

と算命学/陰陽五行論では考えています。

 

 

 

無形人脈を大切にすること。

 

 

無形人脈とは「形の無い人脈」です。

 

 

もうすでにこの世には存在しなくなった故人。

 

 

会ったこともないご先祖様。

 

 

そういった方達とも人脈をしっかり形成するのです。

 

 

すると、人生のバランスが取れるだけではなく、

理屈を超えた守られ方をしたり、運気が自然と向上していきます。

 

 

「こんな人と巡り会いたい!」「こんな仕事をしてみたい!」

といった想いが、どういうわけか、偶然に次ぐ偶然で叶ってしまう。

そんな体験をしたことはありませんか?

 

 

現実的には有り得ない、想像も出来ない、人智を超えた奇跡のような出来事。

こういった体験の多くは、私達の目には見えない世界で、

ご先祖様達が人脈を駆使して、出会わせて下さっている。

そうとしか、考えられないような体験は

本当に心が震えるような感動をもちますね。

 

 

では、どうしたら、無形人脈を大切にできるのでしょうか?

 

 

答えは至ってシンプルです。大きく分けて2つでしょうか。

 

 

まず一番大切なのは

 

 

 

「感謝をすること」

 

 

 

1日に1回、

 

心の中で「ご先祖様、いつも守って頂きありがとうございます」

 

と念じれば良いのです。

 

 

 

そして、もう一つは

 

 

 

「お墓参りをすること」

 

 

 

お盆やお彼岸、命日といった一般的なお墓参りの時期はもちろん

 

 

結婚や進学、就職、転職といった人生のライフイベントの

報告をするタイミングも良いでしょう。

 

 

また、特に変化のない日常であっても、もちろんOKです。

 

 

 

ここでお伝えしたいのが、お墓参りであっても、やはり

「感謝をすること」です。

 

 

ライフイベントがあれば、

「おかげさまで、就職することができました。ありがとうございます。」

「おかげさまで、人生のパートナーと出会い、結婚することが出来ました。

ありがとうございます。」

と、具体的な内容に感謝をすると良いでしょう。

「おかげさまで」の気持ちをこめて。

 

 

 

変わらない日常を送っているときであっても

「いつも守って頂き、ありがとうございます。」

「おかげさまで、衣食住に困ることなく生活できております。

ありがとうございます。」

といったことを感謝できるはずです。

しっかり感謝の気持ちをお伝えしましょう。

 

 

 

よくよく考えてみると、住むところ、食べることに困らず、着る物もある。

長い歴史の中で、これだけ平和期間が継続している。

 

 

それだけでも、本当に奇跡の連続で、充分に守られているではありませんか!!

 

 

 

とにもかくにも、まずは「感謝」をする。

これが本当に大切です。

 

 

 

最後に、注意したいことが1点。

 

 

 

困ったときにすがってしまう、依存してしまう。

 

 

 

「ご先祖様、どうか助けて下さい。」「ご先祖様、何とかして下さい!!」

と念じてしまうこと。

 

 

 

これはやめた方が良いでしょう。

 

 

 

ご先祖様の中にはとても純粋な方がいらっしゃいます。

 

 

 

「そうか。そんなに苦しいのか。それならば、こちらにいらっしゃい。」

 

 

 

ということで、寿命が縮まってしまうことも!!!!!!!

 

 

 

とにかく、無形人脈を大切にするのは「感謝」のみ!!

 

 

常に、感謝の気持ちを持ち続けましょう!!

 

 

 

長文読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

 

感謝を込めて。