今月の動向(2020年11月7日~12月6日)

今月(11/7~12/6)は丁亥月です。

火性で陰の十干「丁(ていか)」と、

水性で陰の十二支「亥(いすい)」が

組み合わさった干支です。

丁はロウソク、灯火(ともしび)などを表し、

亥は初冬の水を表します。

そのため、丁亥は「冬の水面に浮かぶ灯火」というイメージです。

丁亥月のポイントは以下の通りです。

◆神からの啓示

丁亥は、暗く冷たい水面に浮かぶ

今にも消え入りそうなロウソクの火です。

水に浮かぶ火というと、

灯籠流しのような幻想的な雰囲気を思い浮かべます。

その水が冬の夜の冷たい水であるならば、どうでしょう。

まさに風前の灯火とう状況ですね。

その今にも消えそうな火をどうにか保っている、

という状況が「神がかり」のような奇跡のようなものを感じさせます。

ゆえに、感性豊かに直感力がとても鋭く鋭敏になり、

創造的な閃きも冴える月になります。

それは特殊才能が表出しやすい、と表現しても大袈裟ではないと言えるのです。

その効力が及ぼす領域は多岐にわたり、

あらゆる分野において恩恵を受けていきます。

これまで見えなかったものが見え、

感じられなかったものが感じられます。

元来そのような才を保有する人は

より研ぎ澄まされることでしょう。

しかし万物は陰陽一極二元論、

見えたり感じたりするということは、

知らなくてもいいことを知ってしまうことでもあるので、

激しく葛藤し、傷ついてしまうかもしれません。

また、こういった特殊能力は

不安定な環境に在るとより引き出される傾向にあります。

平和で恵まれた環境だと発揮される力は弱まります。

逆に言えば、

心身ともに痛みを享受する不条理な環境に置かれたならば、

丁亥月の恩恵を存分に味わえるということです。

味わい尽くした先には、

今世生まれてきた役割が、果たすべき使命が、

一筋の閃光のごとく、魂を震わせる神の声として聞こえるかもしれません。

◆精神の進化・変化・成長

今月の運勢を開花させるポイントは、精神的な変転変化です。

意識変化と口で言うのは簡単ですが、

これまでの人生体験で刻まれたクセはなかなか抜けないものです。

慣れ親しんだ思考法やアプローチを手放すことには恐れが生まれるものです。

さらに、やっかいなのは、自分のことは自分では気づけないことです。

人の振り見て我が振り直せは、相当意識しないとできません。

であるならば、他者への注意や提言は、

ひるがえると自分にもその要素があると考えてみるのはいかがでしょうか?

「あなたと私は不二である。」とは帝王学の言葉ですが、

目の前にいらっしゃる方は自分自身を写す鏡のような物という考え方です。

人の粗がよく見えるということは、、、。

他者への注意や提言は、ひるがえると自分にもその要素があるものです。

私たちは傲慢さからつい忘れがちになりますが、

常に心に留めおきたいものです。

今見えている誰かの粗は、あなたへのお知らせ現象かもしれません。

◆非凡性のベクトル変換

平凡・無難・常識の枠の外に飛び出すことで吉となる月です。

日常生活やお仕事の中に思い切って誰もやらないようなこと(特殊性や異常性)

を取り入れてみましょう。

とはいえ、そのまま一般社会に受け入れられるわけではありません。

まはず特殊性を出していくことがオススメではありますが、

おかしな人や変な行動といった特殊性ではいけません。

浮世離れせずにしっかりと現実に立脚し、

人格や品性も兼ね備えているからこそ、

特殊性が創造性として、異常性が芸術性として認知されるのです。

そして非凡性の中にあって、真面目・勤勉・実直は一切矛盾しません。

むしろ、これらを非凡なまでに極めていくことほど、

貴いものはないかもしれません。

そして、そういった特殊性、異常性、非凡性は、

他者の役に立って初めてその真価となるのです。

ベクトルは自分ではなく、他者に向けましょう。

自分のエゴや達成感を味わうが為だけの能力では

価値を見いだすことはできないのです。

まったく逆に我が身は辛い思いをしても、

大切な人のために痛むことは厭わない、というのが帝王たる在り方です。

そういった人の存在感は感情を揺さぶるほどの影響力を持ち、

場を肯定的に包み込むエネルギーを放つことになります。

そういった意識が丁亥月としてのよりよい過ごし方となるでしょう。

以上、丁亥月のみで見たポイントです。

ご自身の天中殺や運気など、
個人の宿命によってテーマは変わってきますが、
これらを心に置いて今月の過ごし方の参考にしていただければ幸いです。

長文読んでくださり、ありがとうございます。

感謝を込めて

※掲載にあたってはお師匠様の許可を頂いているものです。

今月の動向(2020年10月8日~11月6日)

今月(10/8~11/6)は丙戌月です。

火性で陽の十干「丙(へいか)」と、

土性で陽の十二支「戌(いぬど)」が

組み合わさった干支です。

丙は太陽や大きな火を表し、

戌は晩秋(黄昏時)の乾いた土を表します。

そのため、丙戌は「山の端に沈みゆく秋の太陽」

というイメージです。

丙戌月のポイントは以下の通りです。

◆張り子ではなく本物の虎に

今月は、起伏の激しい月になりそうです。

聡明さと感性の鋭さに磨きがかかりますが、

物事を進める力や始める力、勢いに欠け、

積極性や新しいものへの

取り組みにおいてためらいが生じます。

一方で自尊心は強く表出し、外見を飾り立てる

傾向にあります。

実際、自分の力量以上に見られるので、

結果起伏が甚だしくなります。

乗り切るポイントは、エゴや自分勝手な行為行動は抑え、

大望を抱くことなく、地に足をつけ

コツコツと努力を積み重ねることです。

置かれた環境が悪ければ悪いほど運気は伸びていきます。

こんな時こそ、周囲の人への心配りや気配りを意識してまいりましょう。

内面を磨き、名実ともに本物の虎となるには絶好の月と言えます。

ちなみに丙戌月においては、張り子であっても

寅は幸運をもたらしてくれるラッキーアニマルです♪

◆誠実であればこそ

社交性と協調性を発揮して、人とつながることで吉となります。

一人で物事を考えたり、実行するのはあまり得策とは言えません。

いかに合理的で効率的であったとしても、一人では所詮一馬力。

複数で取り組む強さと大きさと広がりがあり、

それゆえに創造される新たな価値は

一人で創造したもの以上にダイナミックになるでしょう。

しかし、人とのつながりが増えて関係性も深まると、

あたたかさに触れ、ぬくもりを感じ、可能性が広がりますが、

思い通りにならないことや理不尽な仕打ち、

信じた者からの裏切り、愛しい人との別れもあります。

一極二元論、陰陽は表裏一体。

良いことだけ、悪いことだけ、というものは存在しないのです。

だからこそ、良心に従い誠実に生きることに意味があります。

そもそも、誠実でなければ裏切られることはありません。

だまされるのとは痛みのレベルが違います。

相手を想い、寄り添い、信じると決めたから、

絶望の淵に立つことができるのです。

損得抜きでただひたむきに頑張って全力を尽くしたからこそ、

挫折を味わう権利を手にしたのです。

激しく傷つく人は、それだけ純粋で誠実な生き方をしてきたのです。

成長には痛みがともないます。

痛みを知るあなたが織りなす言葉が、声が、存在が、

いつしか誰かの傷を癒す布になることでしょう。

すべては、私たちの捉え方で決まります。

◆秋のさみしさが募り始める今月

自分への厳しさと正直さが頑固さとして出てしまいがちな今月、

もしかしたら後悔や自己嫌悪、無力さにうちひしがれる夜が

あるかもしれません。

人を信じることが怖くなり、

未来に希望を抱くことができなくなるかもしれません。

孤独な闘いに疲れた時は、

どうか自分を責めずに、自分に優しくしてあげてください。

一般的な価値観が絶対的に正しいわけでは決してありません。

逃げていいし、やめてもいい。

負けていいし、投げ出していい。

喜びと悲しみを繰り返し、諦めそうになる心に抗いながらも、

闘い続けるあなたに心からの敬意を評します。

そして、ふと、

時折、この美しい世界を、眺めて見てください。

あなたは一人っきりでないことを思い巡らせてみてください。

今世めぐり逢えた皆様に、心からの感謝を込めて。

◆2020年秋の土用丑の日は、10月25日と11月6日です。

今月は2回ウナギが食べられます!運気UPを!!

ご自身の天中殺や運気など、
個人の宿命によってテーマは変わってきますが、
これらを心に置いて今月の過ごし方の参考にしていただければ幸いです。

長文読んでくださり、ありがとうございます。

感謝を込めて

※掲載にあたってはお師匠様の許可を頂いているものです。



今月の動向(2020年9月7日~10月7日)

今月(9/7~10/7)は乙酉月です。

木性で陰の十干「乙(おつぼく)」と
金性で陰の十二支「酉(とりきん)」が
組み合わさった干支です。

乙は草・花・蔦などを表し、
酉は金属・宝石、季節では仲秋を表します。
そのため、乙酉は「美しき秋の生け花」
というイメージです。

乙酉月のポイントは以下の通りです。

◆清き心で静かに穏かに

乙酉は、観賞用に生けられたとても美しい花です。
きらびやかで人目を引きつけますが、
根は切られている状態です。
その為、自我や我欲を出さずに、他者から求められ、迎え入れられる状態をよしとします。

利己的な積極性や、深く考えず感情にまかせた発言は、
思わぬトラブルを招いたり、お互いに不毛な痛みを感じることになります。
口は災いの元とならないように注意しましょう。

静かで穏やかとはいえ、行動するのがダメなわけではなく、
むしろ、動きながら考えるくらいがちょうど良いです。
学習は机の上だけではなく、日常生活の体験の中でも得られます。
矛盾を感じるかもしれませんが、忙しい方が快調になるでしょう。
心穏やかに動きは多忙、が乙酉月のポイントです。

◆他者とのご縁を大切に

今月は、身内縁よりも友人・他人縁に恵まれます。
かつ、自身の知見を他者のために使うことで運気が上がりますので、
いかに他者のために生き、他者に自分の知見を分かち合えるかが問われます。

目の前に困っている人がいたら助け、感謝されることや見返りを望まず、
助ける役目が済んだら静かにその場を去り、元の仕事を続ける。
このような生き方が乙酉の生き様を表していると思います。

また、周囲への影響力を強く発揮することができる月でもあります。
周りの人を巻き込んで一つの世界に引っ張っていくことで、
現状を打開し、ひいては次代の育成にもつながることでしょう。

とはいえ、あくまでも観賞用の花ですので、
求められて応じる姿勢であることは変わりはありません。

◆信じる者はうまくいく

裏表のない正直で素直な生き方が吉となります。

守備本能が働くと、本心や手の内を晒すことにリスクを感じますが、
どれだけ搾取されたとしても立ち上がる己の強さとしなやかさを信じ、
誰の中にも良心と誠実さがあることを信じ、
そして、この世界に存在する溢れんばかりの豊かさを信じ、
あるがままの心を隠さずにただ在ることが、理想の生き方となります。

その道の途中には、裏切られたりだまされたりする現実があるでしょう。
しかし、切られれば切られるほど、痛みを感じた分だけうまくいくこともまた、
確かなことなのです。

むやみに自分をさらけ出すことが目的ではありませんが、
大切にするあまり内に秘めてしまうと、
可能性の広がりを限定しかねません。

持ってる知識や技術はすべて出し、淑(しと)やかでありながらも楚々とした秋の花のように、

潔く爽やかなエネルギーを放つ存在でありたいものです。

以上、乙酉月のみで見たポイントです。

ご自身の天中殺や運気など、
個人の宿命によってテーマは変わってきますが、
これらを心に置いて今月の過ごし方の参考にしていただければ幸いです。

長文読んでくださり、ありがとうございます。

感謝を込めて

※掲載にあたってはお師匠様の許可を頂いているものです。

今月の動向(2020年8月7日~9月6日)

今月(8/7~9/6)は甲申月です。

木性で陽の十干「甲(こうぼく)」と、
金性で陽の十二支「申(さるきん)」が
組み合わさった干支です。

甲は樹木を表し、
申は岩・鉄鉱石、季節は初秋を表します。
そのため、甲申は「岩に根ざした秋の樹木」
というイメージです。

甲申月のポイントは以下の通りです。

◆高き理想を胸に秘め

甲申月は、知性・品位・自律において最高の領域まで極まります。
冴えわたる思考と知的好奇心にストイックさが加わります。
実現不能かに思えるほどの高き理想を胸に秘め、
自律していくのが自然の流れに沿った生き方となります。

今月意識するポイントは、切れ味の鋭さです。
今のままでいいんだよと、やさしくあたたかく包み込むよりは、
今、果たすべき使命を全うするために己を磨き、挑戦する姿勢こそが、
甲申月にふさわしい生き方のように思われます。

日々の悩みや葛藤は、自己を錬磨するために不可欠のものですから、
不安や恐れの真っ只中に積極的に飛び込み、
痛みを肯定的に受け取ることをおすすめします。

ただし、これはあくまで自己研鑽としてあるべきです。
他者にも求めがちになりますが、そうしてしまうと関係性が壊れます。

鋭さは他者に向けるものではなく、自分に向けるもの。
鋭き刃をもってわが身の叡智を切り取り、目の前の人の助けと成す。
鍛え上げ研ぎ澄ましたひと月の後には、
天の風に吹かれる自分に気づくことでしょう。

◆分け隔てない愛情を

目前に迫った苦難や困難を解決する才能が輝き、
その瞬間における頭の回転は実に敏速なものとなります。

しかし、どんなに見事な解決策であったとしても、
聞いてもらえなければ、心に響かず意味がありません。
人の心を動かすためには、見返りを求めない愛情奉仕が要となります。

課題を解決するのではなく、課題を抱えている人に寄り添う。
起きている現象を扱うのではなく、その背景や傷や痛みに想いを馳せる。

それこそが、まさに無償の愛であり、積み重ねることによってのみ、にじみ出てくるものです。

誰かが必ず見ていますし、見ていなくても伝わります。

まずは周囲の人たちに最大限の愛情を、
さらに今月はもう一つ大きな範囲で動かしてみてはいかがでしょうか。

◆ 動くときには疾風迅雷(しっぷうじんらい)のごとく

疾風迅雷とは、速い風と激しい雷の意味から、激しく素早く動くことを意味します。

精神・肉体ともに、キビキビと折り目正しくあることで吉となります。
何事においてもスピードは速く、かつ行動に移すことが大切です。

智は極みに達しますが、考え過ぎると腐ります。
常に緊張状態を保ち、のんびりさや遊びとは対極の世界です。

夏休みなのに…という声が聞こえてきますが、
緊張は長く続きませんし、継続するには時には緩めることも大切です。

エネルギッシュに動きながらも、オンオフはしっかりと。
瞬間を激しく生きながらも、自分への慈しみも忘れずに。

その体験の中で得られたものは、
生涯忘れることなき財産となるでしょう。

以上、甲申月のみで見たポイントです。

ご自身の天中殺や運気など、
個人の宿命によってテーマは変わってきますが、
これらを心に置いて今月の過ごし方の参考にしていただければ幸いです。

長文読んでくださり、ありがとうございます。

感謝を込めて

※掲載にあたってはお師匠様の許可を頂いているものです。

帝王学の格言⑪真の「ありのまま」とは~「わがまま」との違いから~

最近、コーチングセッションをしていると、

「(私の気持ちに正直になったら)わがままになりませんか?」というような発言を多く耳にします。

とても責任感が強く、真面目に一生懸命に生きている方に多いように感じます。

そのようなとき、私は

「○○さんが少しくらいわがままに振る舞っても、周りの人たちには、そうは映らないと思いますよ」

とお答えすることが多々ありました。

また、少し前には「ありのまま」という言葉がブームになっていました。

そのときにも、「ありのままになるというのは、わがままに生きるということのように感じます。」とおっしゃるクライアントさんがいらっしゃいました。

前回、前々回からの続きとして、今回はこの

「ありのまま」と「わがまま」の違いについて言及していきたいと思います。

それでは、まず、「わがまま」とはどんな状態なのでしょうか?

わがままというのは漢字では「我が儘」と書くようです。

だとしたら、文字通り「我」があるかないかということだと思います。

ここでいう「我」というのは「エゴ」や「我欲」「私利私欲」のことですが、

「わがまま」とは、周りにどういう影響を与えようとも、自分の思うところを押し通したり、場合によってはそれを押しつけたりという強引を併せもっているものです。

自分のエゴや我欲にとらわれ、「恐れ」や「守備本能」から言動・行動をしてしまうと、周りからは「わがまま」に映ってしまいます。

そのエゴや我欲の奥の奥には「愛されたい」「認められたい」といった承認欲求が含まれていることが多くあるように感じます。

自らの存在価値を確認せずにはいられないのです。

また、自分のプライドなどの何らかを守るために、必死になっている状態でもあるようです。

いずれにせよ、堅い鎧を着て、自分を守って、鋭利な刃物で自分の強さを見せつける、そんな姿が「わがまま」なのだと思うのです。

一方、「ありのまま」とはどんな姿なのでしょうか。

「ありのまま」にはそういう強引さはなく、ただ自分が思っていることや感じていることをそのままさらけ出すという感じがあります。

それは、自分を実際より大きく見せることなく、等身大で自然体なあり方を指しているように思えます。

わがままとは逆に、周りを信頼し、勇気を持って自分をさらけ出している姿なのです。

自らを解放しさらけ出す裸の状態が「ありのまま」、鎧を身にまとい武器を手にしているのが「わがまま」、そんなふうに区別することができるのではないでしょうか。

当然、どういうあり方をするかによって周りにどういう影響を与えるかも変わってきます。そして、ここが肝心、要なところなのです。

周囲への影響を考えると、「わがまま」は往々にして周りに恐れや不安を与え、周囲の人たちも同じように鎧やら武器やらを必要とさせてしまうという影響力があります。

一方で、「ありのまま」は周りに信頼や共感を与え、関わった人達をも解放し、同じように裸になってさらけ出すような影響力があるように思います。

ここまでまとめてみて、「ありのまま」か「わがまま」かということは、本人には計り知れないことだと改めて思うようになりました。

おそらく、周りの人たちにどのような影響をあたえているのか、ということなのだと思います。

どんなに本人が「私はわがままに生きる!」とか「俺はわがままな人間なんだ」と宣言しても、周りを魅了し、人を惹きつけてしまう人望と存在感のある人は「あいつのわがままに付き合ってやるか」と喜んで言わしめてしまうように思うのです。また逆もしかりです。

ここで、「ありのまま」の状態をとてもストレートに表現している動画を紹介したいと思います。

2017年にアメリカで制作された『Greatest Showman』というミュージカル映画の制作前のワークショップ中に撮影されたものです。

簡単に映画のあらすじを紹介しておきます。

小さい頃から貧しくも夢想家のバーナムが紆余曲折ありながらもショービジネスの道へと進む。小人症の男、大男、髭の濃い女、全身刺青の男など、世間から隠れるようにして生きていた様々な人を集め、いわゆるフリーク・ショー(見世物小屋)のサーカスを始める、というストーリー。

この動画の中心人物は、髭の濃い女を演じたキアラ・セトルという女性です。セトル自身も素晴らしい歌唱力を持ちながら、この映画で大抜擢されるまでは、決して表には出て行かず、長年バックコーラスとして歌い続けていたのです。

髭の濃い女、というマイノリティな存在を演じるキアラ・セトル自身も、自分を小さくして、陰に隠れながらマイノリティを生きてきました。

そんな彼女が徐々に解放されて「ありのまま」の姿を表出する姿がなんとも美しいです。

あらかじめ、歌詞も紹介しておきます。私は動画を見る以前に、この歌詞で涙が溢れ出てしまいました。

『This is me』

私は暗闇を知ってる

みんなに言われた、「隠れてろ、お前なんて見たくない!」と

体の傷は、恥ずべきものだと学んできた

みんなに言われた、「消えろ、誰も、在りのままのお前なんて、愛さない!」と

でも、心までも壊されるわけにはいかない

私のような人間にも居場所はあるはず 輝く私たちのために

言葉の刃で 私を傷付けるなら 洪水を起こして 溺れさせる

勇気もある 傷もある 在りのままでいる これが私だ

見なさい、私が通る ドラムを叩き、行進するんだ

見られても怖くない 謝る必要もない これが私なんだ

新たな弾丸が 私の肌を撃ち抜いていく

言いたければ言えばいい、だって今日は 恥で沈んだりはしない

バリケードを突き破って進み あの太陽へと 手を伸ばそう

私たちは戦士なんだ そう、私たちはなるべき姿になったんだ

私にも愛される資格がある 値しないものなど 何一つない

鋭利な言葉で 私を切り刻もうものなら 洪水を起こして 溺れさせる

これが勇気なんだ、これが傷なんだ、これが運命を受け入れるって事、

これが私なんだ

まさに、この動画のワークショップでのキアラの姿は、「ありのまま」を体現しているように感じませんか?

「ありのまま」とは傷も弱さも惨めな姿も全てをさらけ出して、ただ今、この瞬間を精一杯生きている、そんな姿のように思います。

心からの「魂の叫び」に周りが共感し、熱くなり、誰もが自らをさらけ出し、「ありのまま」の自分を表出していきます。

それは、多くの人が巻き込まれていく圧倒的な「愛」の形なのではないでしょうか。

そんな自然体の「ありのまま」で在る人がこれからの世の中を変えていくのだと思うのです。

そして、それは国のTOPや会社経営者、多くの部下を持つ管理者といった誰からも分かりやすい形のリーダーの中だけに出現するのではなく、本当に万民の中から草分け的にあらゆる所で出現していくような気がしてなりません。

例えば、学生や主婦、アルバイト店員やパートタイマー、もちろん大手企業の経営者や役員だって構いません。

ただ、どんな役職や立場も関係なく、真っさらに「ありのまま」に生きている人が、真のリーダーになる時代がやってくるように感じてならないのです。

長文読んでくださり、ありがとうございました。

感謝を込めて

※掲載にあたってはお師匠様の許可を頂いているものです。

今月の動向(7月7日~8月6日)

今月(7/7~8/6)は癸未月です。

水性で陰の十干「癸(きすい)」と
土性で陰の十二支「未(ひつじど)」が
組み合わさった干支です。

癸は 雨、露、真水を表し、
未は乾いた土、季節は夏を表します。

そのため、癸未は「乾燥した大地に染み込む夏の霧雨」というイメージです。

癸未月のポイントは以下の通りです。

◆知性の雨を一極全集中!

癸未月は、何事においても聡明さと器用さが発揮されるため、
様々な場面で周りから力を求められやすくなります。

自身を変化させる柔軟性と、平均以上にこなす力量をもち合わせていれば、
多くの人の要求に応えていくことができます。

それによって、多方面にわたる才覚が磨かれることになります。

反面、あちこちやり過ぎて本道がどれかわからなくなりやすいので、
現時点での目的が何か、をぶらさず確認し意識していくことが大切です。

それは、人生のコンパスを見つけるに等しいことかもしれません。

私の使命は何か?
私の夢は何か?
私の原動力は、何か?

何のために生まれてきたのか?

今世の役割とは何か?


まさに今心が語る声を聞き、魂の叫びを我が道とすれば、
コンパスの針は、自ずと至るべき未来を指し示すことでしょう。

慈愛に満ちた知性の雨が、どうか皆さまの本道に降り注ぎますように。

◆天稟(てんぴん)の仁徳を備え、気高くある!

一つの道を純粋に、ただまっすぐ正直に進むことが運を開くポイントです。
一つの目的に向かって進むことにおいては、
たとえ困難な道であっても貫き通すことができます。

仕事にしろ、勉強にしろ、遊びにしろ、
気のすむまでやり切るといいでしょう。

しかし、途中での方向転換、つまりまっすぐでなくなった時に、
激しい後悔と怒りがでるかもしれません。

まして、その変更が他者によるものであれば、なおのことです。
心の状態が強い口調や執拗な追求となって出やすくなる時期ですので、
思わぬところで相手を傷つけるかもしれません。

自分の言動に自覚的で自制できるようにあるよう意識すると共に、
日頃からの他者への配慮があるか否かで自分の立場が変わってきます。

天稟(てんぴん)とは天から与えられた才能ですが、
いかなる状況、感情に支配されていたとしても仁徳(愛情、思いやり、真心)を心に置き、 目の前の人には最大限の慈愛をもって、お尽くししたいものです。

聡明にして美しき癸未月の在り方の一例としていただけましたら幸いです。

◆愛情過多にご用心!

たとえどんなに愛したとしても、 枠を超えた愛情は、

時に自己の喪失につながります。

特に今月は、相手を想うが故に冷静な判断ができなくなる傾向があります。

これは、愛情だけでなく、お金やチャンスにおいても同じことが言えます。

すぐに結果として表れる時流ではありませんので、
目先の利益やおいしい話に翻弄されず、自分の軸を持ち、
社会的な役割からの意思決定や行動指針とするとよいでしょう。

◆土用の丑

今月は夏の土用ですね!
丑の日は、7/21(火)、8/2(日)です。
スタミナのつくものを食べて、次の季節に備えましょう♪

以上、癸未月のみで見たポイントです。

ご自身の天中殺や個人の運気など、
個人の宿命によってテーマは変わってきますが、
これらを心に置いてよりよい在り方の参考にしていただければ幸いです。

※掲載にあたっては、お師匠様の許可を得ているものです。

【ZOOM限定】算命学宿命鑑定キャンペーン

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コロナウィルスの影響で、今までの夏とは全く違う過ごし方になることは

みなさんも感じられていることではないでしょうか?

よく「コーチングはどのようなタイミングで受けると良いのですか?」

と聞かれることがあります。

基本的には、「受けたいと思った時が、その人にとってのタイミングです」

という考えではありますが、一般論として、人間関係の悩みを抱えていたり、

人生の岐路、変化が起きるときにコーチングを受ける人は多いように思います。

人生の岐路とは転職や就職、結婚、離婚、昇進、異動等々の大きなライフイベントです。

コロナ渦の今、誰もが生き方・働き方・暮らし方の変化を余儀なくされ、

まるで、全人類が大きなライフイベントを共有しているかのように、

世界規模、地球規模の変化を通過している真っ只中にあるのではないでしょうか?

実は、この大きな変化については、今年の動向でも触れていたのです。

コロナ以前に書いた文章ではありますが、当てはまることが多いように感じ驚いています。

以下、今年の動向から抜粋してみました。

◆3年間の大きな変転変化の集大成の年

安定した「平和期」がある程度続くと、時代が大きく変わる「動乱期」が

やってきます。

まさに時代と時代の節目、動乱期のような時期であり、

その動乱期が実は2018年から始まっていたのです。

つまり、2018年から始まった大きな変転変化の3年目となるのが今年、2020年です。

2018年戊戌年は、物事を決着、完了させ、新たなスタートをする年であり、

2019年己亥年は、新たなる道を切り開く種をまく時期でした。

そして2020年庚子年はこの3年間の大きな変転変化の集大成、

まとめあげる年になるといえるでしょう。

◆庚に付された3つの意味「①継承・存続」「②償う、補う」「③更新、革新、改める」

今年の天干(てんかん)は、庚(こうきん)で、

意味合いは「鉄鉱石、岩石、刀」となります。

このことから庚には3つの意味が付されています。

「①継承・存続」、「②償う、補う」、「③更新、革新、改める」の3つです。

つまり、今までのことを継承、存続しながらも、課題や罪・汚れを払い浄めて、

償うものは償い、補うものは補い、必死の覚悟で変革をして改めていく事を

テーマとすると良い年となります。

現代のビジネスに当てはめると、今まで積み重ねてきた良きものは継承し、

課題を全て洗い出し、その課題を償い、補うことで更なる進化につながる

という感じでしょうか。

一方、子(ねずみ)は十二支の中で最初を司る干支です。

また、子(ねずみ)は繁殖能力の高い動物とされ、

何かを増殖するという意味合いもあります。

何かを始めて、増やしていくには、とても良い時期といえるでしょう。

以上が今年の動向からの抜粋になります。

特に、「庚(こうきん)」の特徴から

今までのことを継承、存続しながらも、課題や罪・汚れを払い浄めて、

償うものは償い、補うものは補い、必死の覚悟で変革をして改めていく事をテーマにすると良い

といった文章からは、今の状況がピタリと当てはまるように感じています。

子(ねずみ)の繁殖能力である増やしていく何かがコロナウィルスでないことを願うばかりです。

ブラックジョークが過ぎました。大変失礼致しました。

さて、本題に入ります。

このような時期だからでしょうか、算命学コーチングの「宿命鑑定」にご興味を持って

お問い合わせ頂く方が増えているように感じています。

算命学で見る宿命は、この世に生まれ落ちる前に自ら選んで組み立ててきた

いわば「人生の計画書」のようなものです。

大きな変化の渦の中、その波に飲み込まれ翻弄されてしまうくらいなら、

自分がそもそも生まれてきた意味を知りたい、

今世での役割を知りたい、

といった原点回帰のような気持ちが多くの方に起きているのかもしれません。

そこで、継続的なコーチングとは別に、宿命だけをお伝えする鑑定キャンペーンを行うことと致しました。

鑑定とは、生年月日から出した宿命表に基づいて、あなたが生まれてきた役割や使命をお伝えするものです。

自分の宿命を知ることは、自身を見つめ直す機会となることと思います。

本日から、ZOOM限定で宿命鑑定のセッション(通常15000円)

を10000円にて提供させて頂きます。

(今回はご本人様のみとさせて頂きます。他の方、例えばパートナーや親御さん、子供、ビジネスパートナー、上司、部下などの宿命を知りたい場合は、追加料金お一人様5000円で見ることができます。)

※また、私の算命学コーチングセッションを初めて受ける方を優先とさせて頂きます。

ご興味がある方は、ぜひ、こちらへお問い合わせくださいませ。

you-me.yumiko@world.ocn.ne.jp

算命学については、次から簡単に説明させて頂きます。

  • 算命学コーチングで得られること

・自分の強みと弱みが分かるので、自分の「活かし方」が分かります。

・自分で自分自身の幸せな人生を切り開いていく力が沸いてきます。

・今、目の前にある現状を受け入れ、そこから一歩踏み出す勇気が出ます。

・悩みや不安を解消するポイントを掴むことが出来ます。

・自分をより信頼するようになり、自然体で堂々と生きることができます。

・自分の環境に感謝の気持ちが沸いてきます。

・ぶれない自分軸を掴むことができます。

・運気の流れに乗るために、常に心をクリアにしておくことができます。

・自分の天中殺が分かり、その期間の過ごし方が分かります。

  • 算命学とは

・2500年前から続く理論的な学問であること

・東洋哲理体系に基づいた、人の活かし方、人の心の掴み方などの処世術も含まれている。

・古代中国や古代日本において、国の権力者やリーダーの多くが歩むべき道の指針として用いられていた帝王学でもある。

お問い合わせ先はこちらです。you-me.yumiko@world.ocn.ne.jp

長文読んで下さり、ありがとうございました。

感謝を込めて。

【セルフコーチング⑧】気持ちや感情は大切な情報

こちらのページをご覧頂き、ありがとうございます。

今回のセルフコーチング⑧は前回の⑦の続きになります。

なので、セルフコーチング⑦枠を超えた見方・考え方をする方法の復習から始めますね。

少し、長文になってしまいますが、最後まで読んでくださったら嬉しいです。

前回、かつて私たちは多くの場合、人や物事に対して善悪価値判断で見ることが前提になっていると言及しました。

善し悪しは「正しい」「間違っている」とも言い換えられ、当然、私たちは「良い人」や「正しい人」に分類されるために必死に生きてきたのです。

そして、私たちは自分の正しさを証明するために、「悪い事・人」や「間違っている事・人」を無意識・無自覚に探してしまいます。

同質の者同士だと安心安全を感じ、異質な者に対して、恐れや恐怖を感じ叩いてしまう。

それが集団になってくると、子供のいじめや仲間はずれが起こります。

さらにその集団化されたエネルギーが強烈にエスカレートすると、差別や偏見といった分断された世界が生まれ、ついには宗教間、国同士の戦争までをも引き起こしてしまうのです。

そうです。善悪の価値判断が前提になっていると、「分断」が起きてしまうのです。

Withコロナの時代に必要なのは「連帯」とよく取り上げられています。

以前のような善悪価値判断が前提の考え方にとらわれていては「連帯」を生み出すのは難しくなるのです。

そうになったとき、次のように考えてみることを提案しました。

全ての物事は、必要があってこのようになっているんだ。

全ての人が価値ある存在で、全ての人が役割を持って生まれてきたんだ。

さて、ここまでが前回の復習です。

ここからが今回の本題です。実は、私たちは気持ちや感情にまで、善悪の価値判断をしてきたのです。

ポジティブ、ネガティブ、と善悪で切り分け、悪いと言われている怒りや悲しみ、嫉妬や妬みといった感情は抑圧すべきだと考えられてきました。

子供の頃から、怒ったり泣いたりすると、「わがまま言うんじゃありません」などと叱られてきました。

なにか嬉しいことがあって大喜びしても「そんなに浮かれるものじゃありません」と言われてしまうのです。

特に日本人は、自分の感情を素直に表現することを「はしたない」といった理由で、抑えつけるような教育を受けてきたように感じます。

子供時代に感情を抑えることを学ぶのは、とても大事なことではあります。

そうしないと、社会秩序が乱れてしまい、極端に表現すると、法の下の平等も崩れてしまうからです。

そうならないよう、感情の赴くままに暴走してしまわないよう、子供のうちから訓練されてきたのです。

「我慢しなさい」「我慢しなさい」「我慢しなさい」と。

そして、大人にとって都合の良い子が「優秀」で「良い子」とされてきたのです。

特に、「優秀」で「良い子」と言われてきた人達の中には、

自分の正直な気持ちを抑えつけているうちに、それが当たり前になってしまい、

抑えつけているという感覚もないままに、自分の気持ちや感情を感じなくなってしまうことがあるのです。

そして、こんな状態がエスカレートすると、

自分が何をしたくて、何を喜びと感じて、どんなことをしていると楽しいか、

といった自分の「望み」や「喜び」までも分からなくなってしまうのです。

実は、「何をしても楽しく感じません」や極端な状況ですと、

「楽しいとか嬉しいとか、良く分かりません」といった言葉を発する大人が結構いらっしゃいます。

実は、そんな方達の多くは、社会的ステータスが高く、子供の頃から真面目で優秀だったという方に多く感じます。

それでは、どうしたら良いのでしょう。

気持ちや感情はいったいどこからやってくるのでしょうか?

気持ちや感情は、単なる「情報」です。

気持ちや感情は自分の「魂」から発せられた「情報」なのです。

魂が「快」を感じているのか、「不快」を感じているのか、

魂が「好き」なのか、「嫌い」なのかを知らせてくれているのです。

気持ちや感情に耳を傾けると、

私たちが何を望んでいるのか、何を大事に生きていきたいのか、

が分かってきます。

私たちは魂が望んでいることを体験すると「喜び」や「楽しさ」、「わくわくした気持ち」「希望」や「安心感」「愛」などを感じます。

もっと言うと、自分が大事にしたい「価値観」を大切にしていると、ポジティブな感情を味わえるのです。

逆に私たちは魂が嫌なことを体験すると「怒り」や「悲しみ」「嫉妬」や「妬み」「恐れ」や「恐怖」などを感じます。

もっと言うと、自分が大事にしたい「価値観」を大切に出来なかったり、蔑ろにされたりすると、ネガティブな感情を味わってしまうのです。

じゃあ、ポジティブな感情だけを味わえるようにするにはどうしたらいいの?

と思わず、楽な方を選びたくなってしまうのが心情ですが、そんなことは不可能なのです。

どうしたって、自分の魂の声や価値観を大切に出来ない蔑ろにせざる負えない体験・経験は生きている限りあるものなのです。

例えば、大切な人が亡くなってしまった時や同僚が先に昇進する、長く付き合っていた人と別れる、大失恋するなど、避けようがありません。

どうしたって、他に例えようのない大きな悲しみやさみしさ、孤独感や絶望感を感じてしまうものなのです。

それが人間なのです。

悲しみや怒りを感じることは悪い事でしょうか?

いえ、とても純粋で正直な気持ちなら、「美しさ」すら感じるはずです。

「怒り」のエネルギーはとてつもない強烈な原動力になることを多くの方が知っていると思います。

ネガティブな感情は決して悪いものではないのです。

ネガティブな感情が生まれるような体験・経験も、

その時、その瞬間に必要があって、その体験・経験をしているのです。

そんな気持ちや感情にまで、善悪の価値判断を持ち込んでしまうと、おかしなことになってしまいます。

ある人に対して思わずネガティブな感情を抱いてしまったとします。

「嫌だ」「嫌いだ」「嫉妬してしまう」といったことが悪いことと決めつけていると、

思わず「この人が悪い人なんだ」「この人のこういう所が間違っている」と瞬間的に考えてしまうのです。

この考え方の裏にあるのは、「私が良い人」で「私が正しい人」でなければならないから。

「良い」私、「正しい」私が人を嫌ったり、嫉妬するわけがない、のです。

悪いのは、間違っているのは、この人で、私ではない、のです。

その事を証明するために、同士を探し出したくなるのが人の性。

「ねぇ、あの人って、こういうところが間違ってるよね。」と。

こんな一連の流れを瞬間的に反応的に何万分の1秒という早さで行ってしまうのも、また人間なのです。

だから、先に申し上げたのは、気持ちや感情は単なる「情報」なのだ、ということです。

「魂」の声をキャッチアップした結果でしかありません。

魂の声は至って、単純です。

「快/不快」「好き/嫌い」

以上、終わり。なのです。

つまり、私たちは個人の「快/不快」「好き/嫌い」にいちいち理由をつけていたのです。

善悪価値判断というジャッジメントを。

なにかの出来事・人に対して思わずネガティブな感情が沸いてしまったら、

「あぁ、私はこの事が不快なんだなぁ。」

「あぁ、私はこの人のこういう所が嫌なんだなぁ。」

と味わえば良いのです。それ以上でもそれ以下でもありません。

それだけで、充分なのです。

感情に蓋をしてしまったり、気持ちを抑えつける必要はありません。

ただただ味わうのです。

なぜなら、必要があってその出来事が起こり、

必要があって、その人と出会っているからなのです。

大人になって役割が増えると、この感情を純粋に素直に

味わうということがますます難しくなってきます。

「社長として」「部長として」「部下として」「父として」「母として」「夫として」「妻として」

「大人として」振る舞わなければならない場面が多くなればなるほど、

自分の素直な感情を感じ吐露するなど、ますます出来なくなってしまいます。

けれど、本当の自分を知りたければ、

どうか自分の気持ちや感情に耳を傾けてください。

気持ちや感情に善悪価値判断をつけず、ただただありのまま感じてみてください。

大声で笑って喜んでも良いし、悔しくて大きな声で泣いても良いのです。

怒りが爆発しても良いのです。誰も見ていないところなら枕を殴ったって良いのです。

感情をそのまま味わって、吐露すると、その感情は完了します。

それが「スッキリ」したという感覚です。

そうなんです。気持ちや感情は「スッキリ」するまで味わえば良いだけなのです。

蓋をして抑圧すると、その感情や状態は継続します。

受け入れずに抵抗していると、長引くのです。

感情を大切にするとは、自分の気持ちや感情を受け入れて受容すること。

寛容であることなのです。

そんなことをしていては、「わがまま」な人間になってしまはないか?

思わず、そんな問いが生まれてきそうですね。

次回は、そのあたりのことに触れてみたいと思います。

長文にお付き合いくださり、ありがとうございました。

感謝を込めて

※掲載にあたっては、お師匠様の許可を頂いているものです。

【セルフコーチング⑦】枠を超えた見方・考え方をする方法

今、時代は大きな変転変化の真っ只中にあることは、

誰の目から見ても明らかです。

そして、そのスピードが急速に、とてつもない早さで変わっていく、

と、皆さんも感じていることと思います。

そのような時代の変革期の中で、

私が学んでいたNLPを軸としたBeing sourceの物事の見方・考え方が、

今、このタイミングでとても力になると感じているので、紹介させて頂きます。

このコロナ渦では、よくこんな言葉を聞きます。

「今までの枠の中で考えていてはいけない。

新しい時代を作るには新しい視点が必要だ。」と。

これからの時代、

今までの常識や社会通念をひっくり返すような、真っさらにするような、

そんな物事の見方・考え方を取り入れる必要があるのは、

多くの方が切実に実感している、まさにその真っ只中にあるでしょう。

では、どのような物事の見方・考え方をしたら良いのでしょう?

逆に言うと、今まで私たちはどのような

物事の見方・考え方にとらわれていたのでしょうか?

私たちの物事の見方・考え方の多くは、

善悪価値判断を前提とすることが主流でした。

物事は善し悪しで判断され、正しいこと、間違っていることがあり、

極端に言うと良い人悪い人がいる、という考え方です。

間違ってるや悪い人に分類されてしまったら、

当然、間違っている、悪いところは治さなければいけない、となるわけです。

これは、善悪の価値判断によって、当然のこととされてきました。

そうすると、多くの人が当然、

自分が「正しい」方や「良い人」の方になる為に必死になってしまいます。

自分の「正しさ」や「善良さ」を証明しなければならないのです。

それを証明する為に「間違い」を見つけ、

「悪質」な者を探す必要がでてくるのです。

そして、同じような「正しさ」を持った人同士、

同質な者同士だと、お互いを受容し、安心安全だと感じ、

自分の居場所となるのです。

そして、その居場所の集団が大きければ大きいほど、

最高最善であると勘違いしてしまうのです。

そして、集団化した同質な者同士のグループは、

異質な者を見つけ、驚異だと言って叩いてしまう。

集団化した正義は強さを増し、強烈になるのです。

エスカレートすると子供のいじめや仲間はずれ、

偏見や差別が始まり孤立する人を生み出してしまう。

宗教観の争いや国同士の争い、

しいては戦争までをも引き起こしてしまうのです。

善悪価値判断が前提の状態だと、物事の善し悪し、得か損か、上か下か、

といったことで頭はいっぱいになります。

頭の中には常に「裁判官」がいて、人・物・事を評価判断し、

必要とあらば、裁くことに忙しくなるからです。

そして、無意識にその考え方から、行動すると、

「悪人」や「間違った人」に分類されないような

言動・行動を選んでしまうのです。

これでは、「善人」や「正しさ」という檻の中で生きているようなもの。

そして、その「善人」や「正しさ」の明確な基準値がないままに。

さらには、「悪人」や「間違った人」を必要としてしまうため、

世界に分断を生み出してしまう。正しい人と間違った人という分断を。

コロナ渦で「自粛警察」を生み出してしまうのも、

まさにこの善悪価値判断が前提であるからなのではないでしょうか。

公園で遊んでいる子供達に、「家に帰りなさい」と言い、

くっついている子供達には「離れなさい」「一人で遊びなさい。」

と言う大人達。

今までは、外で遊びなさい、友達と仲良くしなさい、と言っていたのに。

正しさの基準値なんて、その時その瞬間に変わってしまうのです。

本質的な解決策を導くには、まずは規正の概念を取り払う必要があります。

今までの枠の中で考えることをやめるために、

善悪価値判断を前提にした考え方を変えるのです。

まずは、物事や人に対しての善悪価値判断をやめて、次のように考えます。

全ての物事は、必要があってこのようになっているんだ。

全ての人が価値ある存在で、全ての人が役割を持って生まれてきたんだ。

えっ?それだけ?そんな簡単なことなの?

と感じる方もいらっしゃるでしょう。

あるいは、それはとてつもない難しい考え方で

受容れがたいと感じる方もいるかもしれません。

例えば、「農薬は悪だ。野菜は自然に作られた物が正しい」

という考えがあるとします。

実は、私も野菜はなるべくオーガニックの物を選んでいます。

これがエスカレートすると、無農薬・無添加以外のものは

一切受け付けられなくなります。

化学物質アレルギーといった状態にまでなると、

旅行も限られた場所になりますし、

当然、香水や柔軟剤の匂いがする電車などの交通機関

に乗るなんて考えられません!!

私もその状態に陥りそうになった経験があるので、

思わず事例としたのかもしれません。

その考え方にとらわれていると選択できる範囲を狭くしていき、

生きる世界を狭くする一方になるのです。

つまり、善悪価値判断が前提だと、可能性を狭めてしまい、

生きていく世界を狭くしてしまうのです。

悪い物と決めつけてしまっていた

「農薬」を先ほどの前提で考えてみるとどうなるでしょう?

全ての物事は必要があってこのようになっている。

農薬だって、必要があって生み出されたのです。

農薬が開発されたことによって、

多くの人たちを「飢え」から救った時代が確実にあったのです。

以上終わりです。

それ以上、そこにエネルギーを注ぐ必要はありません。

では、人ではどうでしょうか?

マザー・テレサとアドルフヒトラーはどちらが良い人でしょうか?

さて、この問い、今までの善悪価値判断では、

簡単に答えることができると思います。

では、新しい物事の考え方ではいかがでしょうか?

全ての人が価値ある存在で、全ての人が役割を持って生まれてきたんだ。

ゆえに、アドルフヒトラーも価値ある存在で、

役割を持って生まれてきたのです。

第二次世界大戦下の中、彼の役割は、全人類に対する

大きな「目覚まし時計」になったのではないかと考えてみるのです。

人の「恐怖」や「恐れ」を巧みに利用して支配するということが、

どれだけの影響力があるか。

そのようなことを示してくれ、後世に教えてくれたことは、

偉大な教訓になったのではないか、と考えてみるとどうでしょうか。

当然、後世に生きる私たちは彼が残した教訓を生かして、

本当に大事なことはなんなのかを考えるようになると思うのです。

あらゆる物事や人を、「善悪の価値判断」で見ることをやめる。

まずは、そこから始めましょう。

やってみると、案外、細かいことで善悪価値判断している自分

に気づくことになります。

そして、それをやめて、次のように考えます。

全ての物事は、必要があってこのようになっているんだ。

全ての人が価値ある存在で、全ての人が役割を持って生まれてきたんだ。

そのように考えると、

今まで気付かなかった無限の可能性に目を向けられるようになるのです。

今まで見えてなかった世界が見えてきて、認識できる範囲が広がります。

そうなると、自然に本質的な幸せや豊かさを追求したくなるから不思議です。

皆さんも、ぜひ試してみてくださいね。

そして、実は、私たちは多くの場面で「感情」や「気持ち」にも

善悪価値判断をもちこんでいます。

次回はそのことについて言及したいと思います。

長文読んでくださり、ありがとうございました。

感謝を込めて。

今月の動向(2020年6月5日~7月6日)

今月(6/5~7/6)は、壬午月です。

水性で陽の十干「壬(じんすい)」と

火性で陽の十二支「午(うまび)」が
組み合わさった干支です。

壬は海や大河を表し、 午は太陽や巨火、季節では真夏を表します。
そのため、壬午は「真夏の太陽が輝く南国の海」というイメージです。
壬午月のポイントは以下の通りです。

◆晴れ、ところにより波瀾万丈

壬午は、見かけは穏やかな楽園のような南の海です。
平和でのどかな光景が思い浮かびますが、
それは水(壬)と火(午)のバランスがとれているからこそです。
両者のバランスが崩れた際に様子は激変し、
豪雨や熱波といった 自然の猛威にさらされます。
このことから、起伏の激しい1ヵ月になると読み解けます。

水性(習得本能)と火性(伝達本能)のバランスを崩さずに
安定を保つ生き方ができると、

「水火既済(すいかきさい)」と呼ばれる異質なものの完全美となり、

成功を得ることができます。

それは、激しく見事な美しい生き方になるのです。

一方で、アンバランスが悪いというわけではなく、
直観力が冴え、自分の生きるべき道が見えてくることもあります。

どちらが良い悪いではありませんが、人は偏りがあるものを前提として、
且つ今月は不安定で「吉」となることを意識しましょう。
時代の変化の波に乗り、夢や理想を追い求める冒険心に火をつけて、
自ら未知の領域に飛び込んでいく生き方はおすすめです。

壬午月は、多くの失敗こそが成功につながる道であり、
成功と失敗を繰り返すことで、双方の限界値が広がっていきます。
まさに多成多敗な変化の多い波瀾万丈な生き方こそ「壬午」らしさなのです。

◆過ぎたるはなお及ばざるが如し

直観力に加え、思考力も高まり、頭の回転も速くなります。

また、普段は見えない相手の細かいところや内面が見えてきます。

その結果、相手に多くの情報を与え過ぎてしまい失敗してしまわないよう注意が必要です。

相手が受け取る準備が整ってなければ、受け取れないばかりか、かえって混乱を招くだけです。

相手の背景に寄り添い、状態や望んでいるものを見極め、「伝えないこと」を選択する力も重要になります。

「壬午」は特に「舌禍(ぜっか)」、舌による災いに気をつけるべきなのです。

◆変化と共存

直感力と知性、機微を察知する能力が高まり、

無限の可能性を秘めていく月ともいえます。

しかし、いかようにでも変化できる無限の可能性があるということは、

同時に先行きが不透明で不安を感じる状態でもあります。

だからこそ、持続性を願うのではなく、時間に縛られるのでもなく、

瞬間瞬間を激しく「生き切る」ことが重要です。

どう変わるにせよ、変わらないことが最もリスキーなのです。

水がその場でとどまると腐ってしまうように、常に変化することが大切です。

そして、高い知性と直観力を他者のために使う(お尽くしする)ことで、

本来持っている才能が開花していきます。

対象は、まだ見ぬ不特定多数の誰かではなく、

まずは身近な人のためにその力を使うのが最善と思われます。

使う力が思いつかなければ、その時はありったけの愛を注ぎましょう。

大切なのは、内にとどめるのではなく流動させることです。

自分一人で完結するのではなく、誰かにエネルギー(愛)を渡すことなのです。

「他者に優しく、他者に与える姿勢が、

結果的に自分が満たされるという原則を知っておくことだ!」

この言葉を結びとして、壬午月のみで見たポイントは以上になります。

個人の宿命によってテーマは変わってきますが、

これらを心に置いてよりよい生き方の参考にしていただければ幸いです。

長文読んでくださり、ありがとうございました。

感謝を込めて。

※掲載にあたってはお師匠様の許可を頂いているものです。