帝王学の格言②仁義礼智信について

「帝王たる者、仁義礼智信の五徳をバランス良く生きるべきである。

どこか一方に偏るべきではない。」

 

算命学/陰陽五行論の先生がよくおっしゃる言葉です。

 

私は、これまでの人生の中で、数々の不義理や無礼をおかしてしまいました。

この学びは6年目だというのに、なんとも情けない不徳者でございます。

 

特に「どこか一方に偏るべきではない」とは、私にとって胸に痛い言葉です。

 

改めて、仁義礼智信のそれぞれの意味を自分のためにも書き記しておきます。

 

仁徳・・・思いやりと優しさで人と接すること。慈悲の心で万人を愛すること。

義徳・・・筋を通すこと。自己の私利私欲にとらわれず、人として正しい道を生きること。

礼徳・・・礼儀を重んじること。親兄弟、夫婦、社会的な上下関係等の間で礼儀作法を大切に言動・行動すること。

智徳・・・学ぶこと。学問に励み、知識を得て正しい判断が下せるようになること。

信徳・・・人から、信頼・信用を得るように生きること。約束を守り誠実に生きること。

 

私の場合、仁徳に偏る傾向があります。宿命的にもそのような星をもっています。(しかも3つ!!)

 

「愛情深い」というのは、一見素晴らしい人格者に見えるかもしれません。

 

ただし、「どこか一方に偏るべきではない」というのがこの学問の教えです。

 

例えば、仁徳だけに優れていたとしても、礼徳に欠けていて我が子にしっかりとした礼節を身をもって示さなければ、深い愛情もただの甘やかしに転じてしまいます。

 

また、智徳に欠けていて知識や教養がなければ、無意味な○○基金に募金してしまうかもしれません。貧国といわれる子供達に必要なのはお金や物資ではなく、学校や働き方を教えてくれる人や場所なのかもしれません。

 

そう考えると、仁義礼智信、五徳をバランス良く生きるというのは、理にかなっているのだと思います。そして、仁義礼智信を仮に定量化できるとして、ひとつでも「0」があると、全てが「0」になるというのが、この学問の厳しいところ。(実際に宿命表では数値をみることができます。)自分を律するためのメモ書きとして。

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