パーソナルコーチの観点で①「いかにあるか」について考える

「パーソナルコーチの観点」で

 

 

このコーナーでは、帝王学、算命学、陰陽五行論、といった枠を超えて、

私個人がパーソナルコーチとして仕事をする上で、

率直に感じることをしたためたいと思います。

 

 

第1回目は「いかにあるか」について考えてみました。

 

 

 

 

 

 

 

算命学/陰陽五行論を学んでいると、よく目や耳にするのが

 

「いかにあるか」

 

という言葉。

 

 

 

一時期、「ありのまま」や「そのままの貴方で」といった

「素」を尊重した言葉をよく耳にしました。

 

 

が、算命学/陰陽五行論では「ありのまま」という言葉をあまり使いません。

あえて似たような意味で使うとしたら、「自然体」という言葉です。

 

 

いまだに残る「ありのまま」ブームであっても、です。

 

 

算命学/陰陽五行論は古代中国や日本で、国のリーダーや権力者の学問として知られており、「帝王学」としての要素が含まれています。

 

 

その観点で、

 

「いかにあるか」

 

を問うたとき、

 

 

「いかにあるべきか」

 

 

にニュアンスが近いと思うのです。

 

 

「いかにありたいか」

 

 

ではなく、

 

 

「いかにあるべきか」

 

 

です。

 

 

「ありのまま」ブームから考えると、古くさく感じますね。

 

 

しかし、帝王として人の上に立つ以上、

 

自ずと、周囲の期待や希望、羨望の目にさらされます。

 

その期待に答えるような「在り方」をする「べき」なのだと思うのです。

 

自分の発する言葉、行動、考え方、立ち居振る舞い、姿勢、といった全てに

 

人を変えてしまうような「影響力」をもってしまうから。

 

 

だから、「いかにある「べき」か」なのだと思うのです。

 

 

 

 

 

あるクライアント様とのセッションで、こんなことがありました。

彼女は、とある企業で大変優秀で将来有望視されたビジネスウーマンでした。

常に自分に厳しく、自らを律し、周囲の期待に答え、上司・メンバーからの人望も厚かった。

そう、彼女は常に「いかにあるべきか」を意識して生きている人でした。

そんな、優秀な彼女ですが、自分より先に男性の後輩が昇進したという事実に直面したときのことです。

 

 

私「そのとき、どんな気持ちがしましたか?」

 

Aさん「いや~、もうムカついて、腹が立って、どうしようもなかったです。こんなことで、振り回されるなんて。」

 

私「何にムカついたんでしょうか?」

 

Aさん「なんで、あいつが?って。これって、嫉妬ですかね?ダメですね、こんなんじゃ。」

 

私「いや、嫉妬は誰にでもある感情ですから。で、他にはどんなことを思いました?」

 

Aさん「結局、男性の方が先に昇進するのかよ、って。男女平等なんてお題目だけだ、って。あ~、なんて嫌な私。」

 

私「感情に良いも悪いもないですから、他にも何か思ったことがありましたか?」

 

Aさん「彼は上司と仕事に恵まれたんですよね。でも、私は本当に運が悪かった。今の上司ときたら、全くメンバーのことをみていないですから。社長の顔色ばかり伺って・・・。あ~、こんなこと考えるなんて、本当に私ってダメ人間ですね。だから、女性に管理職は難しいとか言われるんですよね。なんとか、気合い入れてがんばります。そもそも、こんな小さなことをコーチングの話題にするべきじゃなかった。」

 

私「Aさん、自分で自分を苦しめてませんか?なんだか、Aさんの中に「内なる裁判官」がいて、沸いてくる想いや考えを監視して、ジャッジしてるような気がします。」

 

Aさん「そうしないと、悪い方悪い方に考えてしまうんですよ。」

 

私「感情くらい自由にさせてあげてください。」

 

Aさん「えっ!?それ、っどういう意味ですか?感情って自由にしていいんですか?」

 

 

 

ここから、彼女の内側から湧き出てくる怒りや悲しみ、嫉妬、妬み、苦しみ、

そういった感情全てに寄り添いました。

彼女もそれら全ての感情を真正面から真摯に味わい尽くしたのです。

 

 

そう、それはそれは苦しかったです。

 

常に、自分自身で「ダメ」とジャッジしていた嫌な感情と向き合うのですから。

 

ですが、そうすることで、その奥にある願いや希望が少しづつ、じんわりと顔をだしてきました。

 

 

その声はとても小さくて弱々しいので、ともすると、嫉妬や妬みの声に押しつぶされてしまうのです。

 

 

だからといって、嫉妬や妬みの声に蓋をしてしまうと、この小さき光の声すら聞こえてこない。

 

 

その小さな希望の声を自分自身で、大切に大切に丁寧に扱ってあげることが大切なのです。

 

 

感情に良い悪いはありません。

感情は情報でしかありません。

感情は、自分が「大切にするべき事」を教えてくれるアンテナなのです。

 

 

 

「いかにあるべきか」で生きている人は、

特に自分の気持ちや感情を聞き取ることが苦手なように感じます。

 

常に、自分に厳しく、自分を律し、正しく生きようとしているから。

 

 

常に、周りの期待に応えるように生きているから。

 

 

常に、周りに気を配り、心を配って生きているから。

 

 

帝王学の観点でいうと、

帝王の仕事は「気配り業、心配り業」である、と常々言われておりますが、

 

 

どうか、自分の気持ちや感情にも気を配って、心を配って、

耳を傾けてあげてくださいね。

 

 

そもそも「いかにあるべきか」で生きている人が

 

 

自分の気持ちや感情も大切に扱っていくと、

 

 

弱い立場の人にも寄り添える深みのある人間力が身につくように感じます。

 

 

そして、これは私の感覚ではありますが、

自分の感情を大事に生きていくと、「直感力」が鋭くなるように感じるのです。

 

 

仕事ではつきものの(量か質か、価格かこだわりか、納期か完成度かといった)

二律背反する状況におかれたとしても、どちらも譲らないような、第3の道が開けてくる。

人智の及ばない、何か目には見えない力で導かれるようになるものです。

 

 

それは、感情を大事にしたおかげで、するどくなった感性で、

必要な「直感」が必要なときに降りてくるのではないかと思うのです。

 

 

 

感情を大事にする

 

 

というのは、自分を大事にする、ということであり、

 

 

実は、それは同時に

周りの人も大事にする、社会を大事にするということに繋がるんですね。

 

 

 

本当の「いかにあるべきか」は、

 

 

自分の心の声にもしっかり耳を傾け、大切にし、

実は「いかにありたいか」にも同時に答えること、

なのだと思うのです。

 

 

 

周囲の期待に応えつつ、自分の内なる声に正直に生きる。

 

 

 

そんな「自然体」のリーダーがますます活躍する時代は、

もうまさに「今」きているように感じます。

 

 

 

長文、読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

感謝を込めて

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