帝王学の格言④学問を司る星の別名とは

学問や知性などの智徳本能を司る

玉堂星(ぎょくどうせい)という星があります。

 

 

別名「幸せ星」。

 

 

初めて聞いたときは、学問や知性の星なのに、

何故、「幸せ星」と呼ぶのだろう、と疑問に感じたものでした。

 

 

愛情や奉仕、優しさを司る禄存星(ろくぞんせい)の方が、

「幸せ星」と呼ぶのにふさわしいのでは?とも考えました。

 

 

しかし、学問や知性を司る玉堂星が「幸せ星」と呼ばれているのです。

玉堂星は他にも、伝統・正統といった古典的な意味合いや

理論家といった意味も含まれています。

まさに智徳本能を司る星ですね。

 

 

帝王学では、「人は知性がないと幸せになれない」といいます。

逆に知性が豊かであればあるほど、幸せである、ともいえるのかもしれません。

 

 

素晴らしい絵画や音楽といった芸術に触れたときに、

「あ~、なんて素晴らしいのだろう!」

と感じる感性がなければ、感動もできません。

 

 

凡人にはとうてい真似の出来ないような伝統的な職人技に触れたとき、

その難しさや、そこまで鍛練を重ねた厳しさなどを思い計れば、

感動もひとしおになります。

 

 

世界を変えてしまうような新しい考え方やテクノロジーの進歩といったものも、

それが、どれほど世の中に価値を生み出すものなのか、

を理解できて初めて豊かさを実感できるのです。

 

 

家族そろって夕食を頂ける。

当たり前の日常の出来事であっても、知性を働かせれば、

それが幾重もの偶然が重なって実現している奇跡的なこと、

と感じることが出来ます。

 

 

また、玉堂星には「純粋、慈愛」といった意味も含まれています。

 

 

まっさらな心で、純粋に世界に好奇心を向けて、

慈しみの愛の目で見て聞いて感じたら、

自ずと、あらゆることが探求の種になるのだと思うのです。

 

 

算命学が生まれた2500年前も現在も、人というのは知的欲求に満ちていて、

その本能のままに生きて、世界を探求し続けて、現在の私達がいるのですしね。

 

 

そして、そのことを「幸せである」と定義しているのが、

この学問の面白いところであると感じるのです。

 

 

せっかく人として生まれてきたからには、

心を開いて謙虚に、一生涯、学び続けていきたいと思うのでありました。

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